南海奇皇〜汐〜 第5話「時のバンガ」

 

 

「もう、深潮ったら。掃除ほったらかしにして、いなくなっちゃうんだから。」

 海潮が不機嫌そうに自宅に帰ろうとしていた。

 教室の掃除に集中していた彼女だったが、突然深潮がいなくなっていることに気付いた。見回してみたが、彼女の姿は教室とその周囲にはなかった。

 ほとんどすんでいたこともあって、海潮はそのまま掃除を終わらせて教室を出たのだった。

 ほとんどの人は掃除のサボりは見過ごしてしまうものだが、正義感の強い海潮は違っていた。彼女の中の正義が、その行為を許せなかった。たとえ些細なことでも。

「明日になったら一言言っておかないとね。」

 愚痴を呟きながら、帰路を進んでいく海潮。

 そのとき、彼女の横を少年少女が通り過ぎていくのを海潮は目撃した。その1人に夕姫の姿があった。

「ゆうぴー!」

 振り返った海潮が慌てて夕姫たちを呼び止める。

「えっ!?海潮!?」

 夕姫が慌てて立ち止まり、先を走っていた和真も立ち止まる。

「どうしたの、ゆうぴー?そんなに慌てて・・」

「あっ!海潮姉ちゃん!」

 海潮を発見した和真が、落ち着きなく彼女に駆け寄る。

「アンタはこの間、家にやってきた・・」

「姉ちゃん、大変なんだ!姉ちゃんの学校の人が・・!」

「学校の人?」

 和真の言葉に海潮が疑問符を浮かべる。

「とにかく、急いで!あのときみたいに固まっちまってるんだよ!」

「えっ!?」

 この言葉に、海潮は立て続けに起きている時間凍結と、突然現れた巨大な生物を脳裏によぎらせた。

 生物は町に光を放射して、その時間を停止させて人々を固めてしまった。それが再び時間凍結の被害を及ぼしたと、彼女は不安になっていた。

 和真に導かれながら、海潮と夕姫は現場へと向かった。そして足を止めたその眼前には、色を失った通りが広がっていた。

「ひどい・・いったい誰が・・・!?」

 変わり果てた通りの姿に海潮は驚愕する。色を失くし、動かなくなっている場所。そこにいたみづきと絢に、海潮は眼を疑った。

「みづき・・・絢・・・どうして・・・!?」

 海潮が恐る恐る、固まっているみづきに近づいていく。しかし、海潮が触れてきても、みづきは全く反応を示さない。

「いったいどうしたのよ・・・何、固まってるのよ・・・!?」

 かける言葉もおぼつかず、海潮は体を震わせていた。親友が時間凍結にかけられ、彼女の中の動揺が広がっていった。

「海潮姉ちゃん、オレ、見たんだ・・・青い髪をした、姉ちゃんと同じ制服を着た人が、ここを固めたところを。」

 和真が困惑しながらかけた言葉に、海潮は疑いの眼差しを向ける。

「何言ってるのよ・・・深潮が・・・深潮がそんなことをするわけ・・・!?」

「オレだって信じられねぇよ。けど、確かにこの眼で・・」

 戸惑いながら語る和真。そこへ海潮がたまらず、和真につかみかかった。

「何かの見間違いよ!深潮が絢たちにこんなことするはずがない!勝手なこと、言わないで!」

「海潮!」

 気が動転して叫ぶ海潮を夕姫が言いとがめる。しかし海潮の憤慨は治まらない。

「アンタは黙ってて、ゆうぴー!」

「海潮の気持ちは分からないでもない。でも、和真がウソをついているように見える?」

 夕姫に言われ、海潮は改めて和真の顔を見た。怒鳴られて困惑していたが、ウソを言っているようには思えない。

「ジョエルも彼女がキュリオテスだって言ってるし、確信してもいいのかもしれないわね。」

 真剣な眼差しで海潮と和真を見つめる。しかし海潮の憤りは消えない。

 そのわだかまった姿に見かねて、夕姫はため息をついて話を続ける。

「どうしても信じられないっていうなら、見てくればいいじゃない。そうすれば、和真の言ったことがホントかどうか、イヤでも分かるはずよ。」

 夕姫がぶっきらぼうに言うと、海潮はたまらずここから駆け出していた。どうにもならなくなり、この場から離れずにいられなかったのだ。

「しょうがないわね。私たちだけでしらべるしかないわ。」

 夕姫がため息混じりにいった言葉に、和真は小さく頷くだけだった。

 

「あ、もしもし?・・・ああ、深潮。」

 データ整理を一区切りして休憩を入れていた青年は、かかってきた電話を受け取っていた。相手は深潮。彼女は喜びをあらわにして、青年に電話をかけてきた。

「もしもし?今、海潮の友達を止めてきたよ。」

「そうかい。それで、海潮ちゃんたちは?」

「すっごく困った顔してたよ。それで、妹の夕姫ちゃんが、私を探してきてるよ。」

「分かった。あんまり駆け回るのは疲れるだろう。こっちに連れて来るんだ。僕がおもてなししておくよ。」

「ありがとうね。それじゃ私が引き付けるから、後はお願いね。」

「本当は君が時間凍結をかけてしまうのが早いんだけど、あまり君に力を使わせるわけにはいかないからね。それに・・」

「それに?」

「君は海潮ちゃんがどんな反応をするのか、気になっているはずだからね。」

 青年が微笑をもらすと、深潮の笑みが返ってきた。

「それじゃ、後は任せたよ。」

「うん。じゃあね。」

 青年は電話を切り、澄んで見える月を見上げる。

「僕たちはランガを倒し、独立領を解放する。もちろんタオのためではない。この乱れきった世界に安らぎを戻すためだ。」

 目的の先にある安息の未来を見据えて、青年は決意を込めた笑みを浮かべた。

 

 みづきと絢が固められた次の日。休日であるこの日、夕姫は深潮を探そうとして、今、玄関にいた。

 魅波はすでに仕事に出ていて、海潮は沈痛な面持ちで遅い朝食を取っている。ジョエルだけが夕姫を見送りに玄関にいた。

「海潮さんは僕が見てますので、どうか気をつけて、夕姫。」

「大丈夫よ、ジョエル。何かあっても、ランガでも呼んで何とかするから。」

 夕姫はジョエルに笑みを見せて、家を飛び出した。ジョエルは一抹の不安を抱えながら、彼女の姿を見送った。

 振り返り、居間をのぞくと、海潮はまだ食事中だった。食パンを小さく口に入れていくばかりだった。

「海潮さん、元気出してください。魅波さんも心配してますし。」

 ジョエルが心配の声をかけるが、海潮は答えない。

 何も言えなくなってしまったジョエルが見つめる中、海潮は食事を終えて椅子を立った。

「ごちそうさん・・・」

 食器を片付けて、玄関に向かおうとする海潮。

「海潮さん、どこへ行くんですか・・・?」

「魅潮に会ってくる。」

「ダ、ダメですよ!あの人にはあまり関わらないほうがいいです!」

 ジョエルが慌てて呼び止めると、海潮は振り返り、鋭い眼差しを向けてきた。

「ジョエル!アンタまでそんなこというの!?深潮がそんなことするはずないって言ってるでしょ!」

 海潮に怒鳴られ、ジョエルは押し黙ってしまう。海潮は歯がゆい思いを引きずりながら、そのまま家を飛び出してしまった。

「海潮さん・・・」

 ジョエルは彼女を追いかけることができなかった。彼女の気持ちを察していたからだ。

 追いかけたい気持ちを抑えて、ジョエルはそのまま家で待つことにした。依然動きを見せず立ちはだかっているランガをうかがいながら、玄関前を離れることができなかった。

 

 和真と合流し、深潮の行方を追う夕姫。割り切れない海潮の代わりに、深潮の正体を突き止めようと考えていた。

 そして深潮の姿を発見し、物陰に隠れながら後をつけていく。彼女が夕姫たちに気付いて、わざと追いかけさせていることを知らないまま。

 行き着いた場所は、一軒家ともマンションとも思えない、大きな建物だった。簡単にいえば、何かの施設のようだった。

「な、何なんだ、いったい・・・すげぇや・・・」

 建物の高度の設備に開いた口がふさがらなくなる和真。夕姫はあまり関心せず、深潮の姿を眼で追っていた。

 奥の建物に入っていくのを見て、夕姫はその中に入っていく。和真も慌てて後を追いかける。

 中は明かりの薄い廊下が続いていた。周囲の作業員に気付かれないよう、夕姫たちは深潮を追いかける。

 そしてとある部屋に深潮が入り込んだのを確認し、夕姫たちは足を止める。

「もしかして、この中に何かあるのか・・・よしっ!」

「あっ!ちょっと、和真!」

 飛び出していく和真。夕姫が呼び止めるが彼は止まらず、仕方なく後を追いかける。

「追い詰めたぜ、アンタ!そろそろ正体を見せて・・・!」

 扉を勢いよく開け放って、中に向かって叫ぶ和真。しかし、深潮が入ったはずの何もないその部屋には、彼女どころか誰もいなかった。

「い、いったい、どこに・・・!?」

 周囲を見回す和真。その後に夕姫も続いて部屋に入ってくる。

 と、そこで彼女の足が止まる。

「まさか・・!?」

 突然夕姫が振り返った瞬間、部屋の扉が閉められ、鍵がかけられた。夕姫が扉に飛びつき、和真が勢い任せに扉に突進する。しかし扉はビクともしない。

「し、しまった・・!」

「思ったとおり、深潮をつけてきたようだね。」

 毒づく夕姫たちの前に、1人の青年が顔を見せてきた。

「あまりウロウロされると困るからね。しばらくここにいてもらうよ。」

「お、おいっ!待て!」

 青年は振り向き、そのまま部屋を離れていく。和真の叫び声が、施設の廊下に空しく響いていた。

(こんなことをしても、ランガの力を使えば脱出は簡単なんだけど。少しぐらいの時間は稼げるさ。)

 深潮が海潮と接触することを目論みながら、青年は小さく笑みを浮かべた。

 

 一方、単独で深潮を探しに家を飛び出した海潮。しかし、彼女から家について聞いていなかったので、途方に暮れていた。

 思い当たる場所を捜し求めて、海潮はいつしか学校の前までやってきていた。しかし、休みの日の学校にはほとんど人気がなかった。

 振り返り、再び深潮を探そうとしたとき、

「海潮ちゃん。」

 そこへ深潮が海潮の前に現れ、声をかけてきた。

「み、深潮ちゃん・・・」

 海潮が戸惑いの声をもらすと、深潮は微笑んでさらに声をかけた。

「まさかこんなところで海潮ちゃんに会えるなんてね。どうしたの?忘れ物とか?」

 無邪気な口調の深潮に、海潮は当惑する。何とか声を振り絞ろうと、足を一歩進めた。

「ううん、深潮のことが心配になっちゃって。」

「心配にって・・・?」

「うん・・深潮が何かおかしなことに巻き込まれてるんじゃないかって・・・」

 戸惑いを込めた海潮の言葉。しかし深潮は気にした様子もなく、再び語りかけてきた。

「そういえば、私も海潮ちゃんに用があったのよね。丁度よかったわ。」

「えっ?用事って?」

 深潮の言葉に海潮は虚を突かれる。その直後、深潮は普段学校では見せないような妖しい笑みを見せた。

「それはね、海潮ちゃんを私のものにしにきたのよ。」

 深潮の言葉の意味を海潮は理解できず、そのまま黙り込んでしまった。その驚愕と動揺を見つめて、深潮はさらに微笑む。

「何を言ってるのか分からないみたいね。海潮は妹や周りの人たちが、私が固めちゃったと言ってるんだよね?」

「どうして、そのことを・・!?」

 海潮がさらに驚愕して声を荒げる。

 海潮は和真たちが見たことを深潮に話してはいない。知っているとすれば、夕姫と和真と接触したはず。

「まさか、ゆうぴーに会ったの!?」

「いいえ、会ってないわ。でも、後をつけてきていたことは知ってたけどね。」

「つけてたって・・・!?」

「でも、今頃はあの人が足止めしてくれてるから。しばらくは来ないよ。」

 海潮の困惑はさらに深まり、その体は震えていた。

「これを見せれば、分かると思うんだけど。」

 深潮は右手を高らかと伸ばした。すると彼女の上に巨大な手が出現した。町を襲った巨大生物の手である。

「あれは・・・!?」

「これでもう分かったでしょ?」

 深潮が右手を下ろすと、その生物が完全な姿を現す。

「私はキュリオテス。島原海潮、あなたをものにしたいと思ってる人よ。」

 深潮は今度は右手を横に伸ばした。すると彼女のバンガ、クロティアも右手を横に伸ばし、その手のひらからまばゆい光を放つ。

 閃光の奔流は、彼女の側面の町々を飲み込んだ。そしてその中には、色を失くして活気を失った町の光景が現れていた。

 何が起こったのか分からずきょとんとなっている人々、屈託のない町並みの風景。町の全てが固まってしまっていた。

 次々と押し寄せてくる驚愕の真実。海潮の動揺は混乱へと発展していた。

「これでもう分かったはずよね?ここ最近のあの怪奇現象は私が、このクロティアが引き起こしてたのよ。」

「それじゃ、みづきと絢も・・・!」

「そう。海潮ちゃんがどんな顔をするか見たくてね。それに、あの2人、そろそろ私と海潮ちゃんの仲の邪魔になってきちゃったしね。」

 時間凍結を備えたクロティアの右手が、今度は混乱している海潮に向けられる。2人の絆が、目論みの中で絶たれ消えていこうとしていた。

 

 

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