魔法少女リリカルなのは -prologue to Lime-

最終章

 

 

 ライムが突き出していたクリスレイサーは、フェイトを捉えていた。だがクリスレイサーから発せられていた光刃はガラスのように砕け散っていた。

 この戦況に、ラークもアルフも見守ることしかできなかった。

「僕は・・僕は・・・!?

 何が起こったのか分からず、ライムが困惑する。彼女の様子を目の当たりにするフェイトも、動揺を浮かべていた。

(あれは、夢だったのか?・・・戦っている間に、夢を見ていたっていうのか・・・!?

 困惑を膨らませていくライム。その揺らぎが、彼女から戦意を奪っていった。

(いや、夢じゃない・・アリシアとリニスが、僕に呼びかけてきた・・・)

「アリシア・・・リニス・・・」

「えっ・・・!?

 ライムが口にした言葉に、フェイトが驚きを覚える。

「ライム・・・アリシアとリニスのこと・・・!?

「・・・ただの幻かもしれない・・・でも僕は会った・・アリシアと、リニスに・・・」

 声を荒げるフェイトに、ライムが声を振り絞る。

「お前は僕以上に、辛い思いをしてきたんだな・・母親からあんな仕打ちをされて、裏切られて・・僕の母さんとは大違いだ、プレシアは・・・」

「でも母さんは、私の声に耳を傾けてくれた・・最後の最後に・・・」

「けど・・最後で分かり合っても、優しさであふれても、僕と母さんは・・・」

「・・・ごめんなさい・・・改めて・・ううん・・何度でもあなたに謝りたい・・・」

 歯がゆさを見せるライムに、フェイトが謝る。

「あなたが心から笑えるようになってくれるなら、私は何だってする・・私も、みんなに笑顔を見せたいから・・・」

「フェイト・・母さんに会っていたんだ・・・」

「謝りたかった・・・記憶を失っていて、私のことも知らないって分かっていたけど・・・」

「・・・アリシアとリニスに言った通りだ・・・お前は、ホントは優しい心の持ち主だ・・・優しくなかったら、謝ったり罪悪感を感じたりすることはないから・・・」

 フェイトの言葉を聞いて、ライムが物悲しい笑みを浮かべる。だがすぐにその笑みが消える。

「でも、僕は謝らない・・お前たちにしたことも、管理局の人たちにしたことも・・・もし謝ったら、僕の全てが壊れてしまう・・・」

「分かるよ、その気持ち・・・私も、母さんのために頑張りたい・・その気持ちが壊れて、私の心も壊れかけたから・・・」

「ホントにおかしい・・・力は強くなったけど・・心は弱くてもろいままだ・・・僕もお前も・・・」

「私たちだけじゃない・・みんなそうだよ・・なのはも、みんなも・・・」

「みんな・・・他のみんなまで、そんな・・・!?

「まだみんなと知り合ってそんなに時間がたっていないけど・・親切にしてくれた・・分かりあうことができた・・・」

「・・アリシアもリニスも、僕もみんなと分かり合えるって言ってた・・・僕に謝りながら、僕を信じていた・・・」

「私も、あなたを信じてもいいんだよね・・・?」

「それはこっちが頼むことだ・・・もう悪いことはしないって誓えるか・・・?」

 ライムの問いかけにフェイトが頷いた。その瞬間、ライムの目から涙があふれてきていた。

「僕は・・・僕は・・・」

 込み上げてくる涙と感情を抑えることができず、ライムは倒れそうになる。そんな彼女をフェイトが支えてきた。

「ライム!」

 そこへラークが駆け寄ってきた。アルフも続いてフェイトに駆け寄ってきた。

「フェイト・・・ライム・・・」

「大丈夫・・疲れてるだけ・・・」

 心配の声をかけるアルフに、フェイトが微笑みかけて答える。

「ライムもムリをしていた・・私を倒して幸せを取り戻すために、必死になって・・・」

「フェイトもジュエルシードを集めるために必死になってた・・どっちも母親のために一生懸命になって・・・」

 ライムを見つめて、フェイトとアルフが言いかける。疲れ切ったライムは意識を失い、涙を流したまま眠っていた。

「また謝りに行こう、あの人に・・今度は記憶を取り戻しているかもしれない・・・」

「そうだね・・だったら今度はみんなで見舞いに行こうよ♪」

「あんまり大勢で来たら逆に困ってしまうよ・・・」

「そう・・アハハハ・・・」

 フェイトの言葉を聞いて、アルフが苦笑いを見せる。

“2人とも無事のようだな・・?”

 そこへクロノからの通信が入ってきた。

“ライムとひばりを連れて戻ってきてくれ・・なのはたちも戻ってくる・・”

「クロノ・・分かった・・すぐに戻るよ・・・」

 クロノの呼びかけを受けて、フェイトが笑みを見せて答えた。

「ひばりも、ライムのそばにいてあげて・・・」

「もちろんだよ♪ひばりはライムの妹だから♪」

 フェイトの呼びかけにラークが笑顔を見せる。

「なのはのほうも終わったみたいだね・・これでひと段落ついたね、フェイト・・」

 アルフが安堵の言葉を投げかけると、フェイトが首を横に振ってきた。

「私たちがやらなくちゃいけないことは、これからだよ・・それもたくさん・・」

「フェイト・・口で言うこと簡単じゃないって・・・」

 フェイトの言葉に気落ちするアルフ。彼女の様子を見て、フェイトとラークが笑顔を見せていた。

 

 フェイトとなのはとの対決を経て、ライムとジャンヌはアースラの医務室に運ばれた。魔力の消耗が激しかったが、2人とも体には悪影響はなかった。

 だがジャンヌのデッドリーソウルは破損が激しく、修復することは不可能になってしまった。

「かなりの負荷がかかっていたみたいだね・・・」

 エイミィがデッドリーソウルを見て呟きかける。

「ジャンヌさんのほうも負担が大きくなっていました・・先にデバイスが破損したのは、不幸中の幸いというところでしょうか・・・」

「もしかしたら、デバイスがそのことを察して、自ら・・・」

 リンディとエイミィが口にする疑念。だがその答えを確かめることはできなくなっていた。

「ジャンヌちゃんとライムちゃんも眠っています・・すり傷がいくつかあるだけで、体の中やメンタル面には異常は見られないです・・」

「安心するのは、2人が意識を取り戻してからです・・それまでは私たちは万全を期さないと・・」

 報告をするエイミィに言いかけると、リンディは歩き出す。

「アンナさんのところですか・・・?」

「今回の事件の張本人だから・・話だけでも耳に入れてもらうわ・・」

 エイミィの問いかけにリンディが答える。かつての後輩と改めて面を向かう彼女に、エイミィのほうが緊張を膨らませていた。

 

 医務室にはライムとジャンヌが寝ている他、なのは、フェイト、ユーノ、アルフ、ラークがいた。対決を終えたなのはとフェイトは、傷の手当てを受けていた。

「この調子だったら、手当てばかりすることになるよ・・・」

「アハハ・・ゴメンね、ユーノくん・・いつもいつも・・・」

 呟きかけるユーノに、なのはが苦笑いを浮かべる。

「ありがとうね、アルフ・・手当てをしてくれて・・・」

「気にしない、気にしない。今回はあたしは大したことしてないんだから・・このくらいのことはしないとさ・・」

 感謝の言葉をかけるフェイトに、アルフが笑顔を見せる。

「それに、心の傷まではあたしでもどうにもなんないけど・・・」

 すぐに表情を曇らせるアルフに、フェイトも沈痛の面持ちを浮かべる。

「心の傷は、ゆっくりと治していけばいい・・時間はたくさんあるから・・・」

「そうだね・・あたしたちは、これから償っていかなくちゃなんないからね・・ライムにも、みんなにも・・・」

 言葉を交わすフェイトとアルフ。2人の決心になのはとユーノも微笑んで頷いた。

「ありがとう、お姉ちゃん・・ひばり、嬉しい・・・」

 ラークがなのはたちの優しさに喜びを感じていた。

「気にしなくていいよ・・悪いのは私たちだから・・・」

「だったらひばりも悪いよ・・ひばりたちの気持ちをみんなに押しつけて・・・」

 互いに弁解を入れるフェイトとラーク。するとフェイトがラークの頭を優しく撫でてきた。

「その気持ちも、私たちが持ちかけたものだよ・・・」

「フェイト、お姉ちゃん・・・」

 フェイトに励まされて、ラークは涙をあふれさせていた。

 そのとき、眠っていたライムが意識を取り戻した。体を起こそうとしたところで、彼女は痛みを覚えて顔を歪める。

「イタタタ・・・ここは・・・?」

「ここはアースラの医務室・・ライムちゃんとジャンヌちゃんは気を失って・・だから私たちがここに連れてきたんだよ・・・」

 周囲を見回すライムに、なのはが事情を説明する。ライムの目にフェイトたちの姿が入ってきたが、彼女は怒りを感じなかった。

「今回のことは・・何もかも終わってしまったのか・・・」

「うん・・アンナさんも、リンディ提督が保護したし・・・」

 ライムが言いかけた言葉に、フェイトが真剣な面持ちで答えた。

「結局僕は、何をしていたんだろう・・敵だった相手を、結局は受け入れてしまったんだから・・・」

「ううん・・ライムの気持ち、きちんと私に伝わってきたよ・・・」

 落ち込むライムに、フェイトが微笑みかけてきた。

「私もあなたもまだ心の整理がついていない・・仲良くしたくないっていうなら、私も握手はしない・・本当に心から分かり合えるときが来るまで・・・」

「多分ずっと分かり合えない・・だからこれからも、戦っていくことになると思う・・・」

「そのときはまた、全力全開で戦おうね・・・」

「もちろんだ・・今度は必ず僕が勝ってやるから・・・」

 フェイトとライムが言葉を交わすと、軽く手を突き合わせた。握手をしない代わりに、2人は友情とは違った絆を結ぼうとしていた。

 その結束に、なのはたちも、ラークも喜びを感じていた。

 

 その頃、リンディとクロノは別室にてアンナと会っていた。2人は彼女に今回の事件のてん末を告げていた。

「そう・・ライムもジャンヌも、なのはちゃんとフェイトちゃんに負けちゃったんだね・・・」

「ジャンヌ・フォルシアのデバイス、デッドリーソウルも大破しました・・データを別のデバイスに移すことはできますが、完全に復元させることは不可能です・・たとえあなたでも・・・」

 笑みをこぼすアンナに、クロノが真剣な面持ちで言いかける。

「ライムさんとジャンヌさんへの影響、あなたも分かっていましたね・・・?」

 リンディが投げかけた問いかけに、アンナが小さく頷いた。

「一応は注意はしたけど、全然聞かなかった・・2人ともガンコだからね。無理矢理止めても止まんなかっただろうね・・フェイトちゃんを助けようとしてルール違反をした、なのはちゃんのようにね・・」

「そこまで詳しく知っていたとは・・・」

「あの子たちは普通の子供じゃない・・みんなしっかりしていて、しかも自分の信念っていうのもちゃんと持ってる・・そんな子たちを止めるには、それ以上の抑止力がないとね・・」

「僕たちは、まだまだ学んで精進していかないといけないんだ・・何が最善手なのか、ちゃんと考えて見つけ出していかないと・・・」

 アンナが口にした言葉を受けて、クロノが深刻さを募らせる。

「それが、職務におけるこれからの私たちの課題ね・・事件を起こすきっかけさえも起させない・・起きる前に事件を止めないといけない・・・」

「そして私は、償いもしていかないと・・私自身が招いた罪の・・・」

 リンディの言葉を聞いて、アンナが物悲しい笑みを浮かべた。彼女は自分の過ちを痛感していた。

「先輩・・ひとつ、お願いしてもいいですか・・・?」

 アンナがリンディに突然申し出てきた。

「なのはちゃんとフェイトちゃんに、会ってもいいですか・・・?」

「・・・構わないけど・・お手柔らかにね・・・」

 彼女の申し出をリンディは了承した。そのてん末を予測して、クロノが肩を落としていた。

 

 リンディとクロノに促されて、アンナは医務室に来た。彼女を目にして、ライムとラークが戸惑いを浮かべる。

「アンナさん・・・」

 ゆっくりと起き上がってアンナに近づこうとするライム。だがアンナは彼女の横をすり抜けてしまった。

「かわいい〜♪」

「えっ・・・!?

 アンナの言動にライムが唖然となる。アンナが喜びを浮かべて、なのはに抱きついていた。

「映像でしか見たことなかったけど、こうして会ってみて、かわいさが伝わってきたよ〜♪」

「え、え、えっ!?

 狂喜乱舞するアンナに、なのはが驚きと動揺を隠せなくなる。その様子にフェイトたちは唖然となっていた。

「やっぱりこうなったか・・・」

 クロノがアンナを見て呆れ果てていた。そのとき、なのはを抱きしめていたアンナがフェイトに目を向けた。

「フェイトちゃ〜ん♪」

 アンナは今度はフェイトに飛びついてきた。抱きつかれたフェイトも動揺を膨らませていく。

「なのはちゃんもいいけど、フェイトちゃんもたまんないよ〜♪」

「ちょっとー!フェイトに乱暴しないでちょーだい!」

 上機嫌なアンナにアルフが慌てて呼びかける。

「そうですよ・・みんな疲れているんですから・・傷も大丈夫とは言い切れないんですから・・」

 ユーノも続けてアンナに呼びかける。するとアンナがユーノに振り向き、満面の笑みを浮かべてきた。

「君もかわいいじゃな〜い♪」

「えっ!?うわっ!」

 アンナは今度はユーノに飛びついてきた。子供やかわいいものに目がないアンナに、なのはたちは振り回されていた。

「アンナさん、そろそろいい・・・?」

 リンディに呼びかけられて、アンナはようやく我に返った。

「アンナさんもライムさんとジャンヌさん同様、保護観察に置かれる可能性が高い・・高い科学力が認められることになるわね・・」

「こういう形で認められるのも、皮肉なものですね・・・」

 リンディの言葉を受けて、アンナが物悲しい笑みを浮かべる。

「地道にやりなおしていけばいい・・フェイトさんたちのように、あなたにも十分時間があるのだから・・・」

「先輩・・また、お世話になります・・・」

 微笑みかけるリンディに、アンナが頭を下げた。

「さて、手当てが終わったら休みを取りましょう。体も心も落ち着けないと・・」

「僕はエイミィに声をかけてきます・・多分、休息は報告書をまとめてからになりそうですが・・・」

 リンディとクロノが呼びかけると、なのはたちが頷く。

「なのはさん、今夜は泊っていって。家のほうには私が言っておくから・・」

「リンディさん・・・お世話になります・・・」

 リンディの誘いを受けて、なのはが頭を下げる。一方で、ライムは思いつめた面持ちを浮かべていた。

「気にしなくていいのよ、ライムさん・・自分の家だと思って、気楽にして・・」

「そんな・・時空管理局からしたら、僕たちは犯罪者なのに・・・」

 優しく声をかけるリンディだが、ライムは深刻さを募らせる。するとリンディがライムの肩に優しく手を添えてきた。

「確かに私たちは悪いことや犯罪に対しては断固たる態度を取らないといけない・・でもそのために、人の心を無視するようなこともしない・・・あなたはあなた自身がしたことがいいことではないと自覚している・・それ以上追い詰める必要はない・・」

「そういうものなの?・・・僕は、救われるのか・・・?」

「それはあなた次第だけどね・・」

 困惑するライムに、リンディが笑顔を見せる。

「さて、明日はみんなである場所に行きましょうね。どこに行くかは明日になるまでの秘密。」

「えー?もったいぶらないで教えてよー・・」

 リンディの考えが分からず、アルフが不満を浮かべる。リンディの言葉が意味深に思えて、ライムは戸惑いを隠せなくなっていた。

 

 病院の廊下を進んでいたライム。彼女は母親のいる病室に向かっていた。

 母親のいる病室の前にたどり着いたライム。だが病室のドアに手を伸ばしたところで、彼女は緊迫を覚えた。

 病室から感じられる魔力に、ライムは覚えがあった。

「この感じ・・・間違いない・・・!」

 目を見開いたライムがドアを上げる。病室、母親の眠るベットの前にいたのは、虚数空間に落ちたはずのプレシア・テスタロッサだった。

「プレシア・・・何で、ここに・・・お前は生死不明になったって・・・!?

「ここに来たか・・フェイトを憎み、私を憎み、私たちテスタロッサを憎む者・・・」

 声を荒げるライムに、プレシアが振り向くことなく声をかけてきた。

「母さんに何をするつもりだ!?・・・母さんから離れろ!」

「私はお前たちに危害を加えるつもりはない・・それどころか、今の私に、お前たちをどうこうできる力はない・・ただひとつ、あることを除いては・・・」

 怒鳴るライムに、プレシアが淡々と言いかける。

「今の私は魂のような存在・・誰にも私に触れられないが、私も何にも触れられない・・」

「何しに来たんだ・・・僕たちを見下しに来たのか・・それともアリシアを憎むなとでもいうのか・・・!?

 ライムがプレシアに反発を見せる。しかしプレシアは態度を変えない。

「僕たちが傷ついたのも、全てはお前とアリシアが始まりなんだ!いくら娘のためだからって、自分たちは悪くないって言わせないぞ・・・!」

「かつての私ならば、そんなことを言っていたかもしれない・・・今更自分が悪いと思っても、後の祭りでしかない・・・」

「だったら何でここに来た!?そんな考えをしてるなら、今更謝ったって・・・!」

 怒りを真っ直ぐにぶつけることができず、ライムが口ごもる。それでもプレシアは表情を変えない。

「私はアリシアを生き返らせるためにあらゆることに手を染めた・・フェイトを利用することも、他のものを全て犠牲にすることもいとわなかった・・お前が私たちに復讐しようとしたように・・」

「だったら分からないとは言わせない!家族を壊された僕の怒りと悲しみが・・!」

「ならば私を憎め・・だが私もアリシアも、既に滅んでいる・・・もはやお前の憎悪も儚いものでしかない・・・」

「なら僕たちは・・母さんはどうなるんだ!?このまま記憶がなくなったままでいいというのか!?・・そんなの、僕は絶対に認めない・・・!」

「私も認めたくなかった・・アリシアが死んでしまうなんて・・・だから私は、アルハザードを目指した・・」

「でも心のどこかで気づいているんじゃないのか?・・人を生き返らせるのは簡単じゃない・・むしろ不可能じゃないかって・・それが簡単にできるなら、母さんの記憶を取り戻せているって・・」

 互いに思いつめるライムとプレシア。2人とも強い願いを抱いているも、その願いを叶えることができず、全てが空回りしていた。

「でも、お前はまだ戻れるし、願いを叶えることができる・・ジュエルシードがなくても・・・」

「えっ・・・!?

 プレシアが投げかけた言葉に、ライムが戸惑いを覚える。ここでようやく、プレシアはライムに振り返ってきた。

「あなたは私のようにならないで・・まだ戻ることができるのだから・・・」

「プレシア・・・」

 プレシアが投げかけた言葉に、ライムの困惑は膨らむ。ライムは狂気によって塗りつぶされていたプレシアの奥にある優しさを実感したような気がしていた。

「戻れるのならば、戻ったほうがいい・・・」

 プレシアはライムに微笑みかけると、母親に向けて手をかざした。

「取り戻せるのなら、取り戻したほうがいい・・・」

「プレシア・・・」

 ライムが困惑する前で、プレシアが意識を集中する。彼女のかざした手から淡い光が発せられる。

「あなたはまだ・・家族との時間を過ごせる・・・」

「プレシア、何を・・!?

 ライムが慌ててプレシアに駆け寄ろうとする。だがプレシアが発した光が広がり、ライムは視界をさえぎられた。

 

「母さん!」

 たまらずベットから飛び起きるライム。そこで彼女は、自分が夢を見ていたことに気付く。

「夢!?・・・何でそんな夢を・・・!?

 疑念が広がり、ライムが困惑する。彼女はその夢の中で、プレシアは娘を想う母親であることを思い知らされていた。

「プレシアを許しても、不幸にはならないのかな・・・母さん・・・?」

 ライムは母親への心配を口にする。彼女はテスタロッサの罪を許すべきかを、母親との思いを錯綜させていた。

「ママなら、きっと許してくれるよ・・・」

 そこへラークが声をかけてきた。彼女はライムが起きていたことに気付いていた。

「だってライムの・・ううん・・ひばりたちのママだもん・・・また優しく笑ってくれるよ・・・」

「ひばり・・・そうだね・・記憶が戻ってくれたら・・絶対に優しくしてくれる・・笑顔を見せてくれる・・・僕と、ひばりに・・・」

 ひばりに励まされて、ライムは微笑んで頷いた。必ず自分がしてきたことが報われると、彼女は信じていた。

「次に会いに行ったとき、母さんは記憶を取り戻している・・そう思えるんだ・・・」

「ライム・・・うん・・・」

 ライムの言葉を受けて、ひばりは笑顔を見せた。

「明日また行こう・・母さんが、僕たちを待っているかもしれない・・・」

「うん・・・おやすみ・・ライム・・・」

 母親との本当の幸せを取り戻すため、ライムとひばりは眠りについた。

 

 そして翌朝、ライムとひばりは起床後、アースラの医務室から出て母親のいる病室に向かおうとした。

「やっぱりお見舞いに行くつもりなんだね、ライムちゃん・・」

 突然声をかけられて、ライムが緊迫を覚える。彼女がゆっくりと振り返ると、なのは、フェイト、ユーノ、アルフがいた。

「こういうことは本来認められないことなのだが・・被害を抑えきれなかったこちらにも非はある・・・」

 クロノもリンディとともにライムの前に現れた。

「僕たちが監視する条件で、お見舞いに行くことを許可するよ・・」

「やったー♪よかったね、ライム♪」

 クロノが了承すると、ひばりが喜びを見せる。だがライムは当惑を浮かべるばかりだった。

「僕たちは君たちにとって犯罪者のはずなのに・・・」

「言ったはずだ。僕たちは人の心を無視したりしないって・・そのくらいの配慮は無碍にしないさ・・」

 淡々と言いかけるクロノに、ライムがさらに戸惑う。

「・・・ありがとう・・・僕なんかのために・・・」

 悲しみと喜びを抑えることができず、涙を浮かべるライム。家族や仲間の絆を実感して、彼女は安らぎを覚えていた。

「そう決まれば、早く行きましょう。お母さんが待っていますから・・・」

 リンディがライムに笑顔を見せる。ライムも微笑んで、リンディが差し伸べた手を取った。

 

 事件が解決して、初めてライムは母親のお見舞いに訪れた。なのはやフェイトたちとともに。

「まさかフェイトと一緒に、お見舞いに来ることになるなんて・・・」

「アンナさんもジャンヌさんも、大人数で押し掛けるのはよくないって言って・・一緒に来てもよかったのに・・・」

 ライムが当惑を見せて、リンディが困った素振りを見せる。

「行こう、ライムちゃん・・」

 なのはが声をかけると、ライムは落ち着きを取り戻して頷いた。

 病院に入り、廊下を進むライムたち。その途中、ライムは不安を覚えるようになっていた。

 次に会ったときもまだ記憶が失われたままだったら、2度と立ち直れなくなるかもしれない。そんな不安に彼女は駆り立てられていた。

 だが勇気を振り絞り、病室の前に来たライムがドアのノブに手を伸ばす。なのはたちが彼女に向けて微笑んで頷く。

 ライムはドアを開けて、病室に目を向けた。病室では母親が窓越しに外を見つめていた。

「母さん・・・今日は、みんなと一緒に来たよ・・・お世話になった人たちと・・・」

 ライムは母親に声を投げかけて、なのはとフェイトに目を向ける。

「・・・新しい、お友達・・・」

「ライム・・・」

 ライムが口にした言葉に、フェイトが戸惑いを覚える。あれだけ憎んできたライムが信頼を寄せてきていることに、フェイトは喜びを感じていた。

「お母さん・・・まだ分かんないかもしれないけど・・僕、これから旅に出ることにしたんだ・・・あんまり、お母さんに甘えてばかりいるのもよくないから・・・」

 ライムが母親に向けて声をかけていく。ライムが口にした言葉には、半分ウソが紛れていた。

「お母さんに迷惑をかけてばかりじゃいけない・・・僕、たくましくなって帰ってくるから・・・」

「そう・・・行ってしまうのね・・ライム・・・」

 母親が口にした言葉に、ライムが驚きを覚える。なのはたちも当惑を感じていた。

「母さん!?・・・僕のこと、分かるの・・・!?

「今まで忘れていてゴメンね・・でももう心配しなくていいわ・・今まで迷惑をかけた分、母さんに甘えていいから・・・」

 声を荒げるライムに、母親が振り向いて微笑んできた。

「もうムリしなくていいのよ、ライム・・・また、一緒に海に行こう・・・」

「母さん・・・母さん・・・」

 久しく目にしていなかった優しい母親の姿を目の当たりにして、ライムの心に喜びが広がっていた。彼女の目から大粒の涙がこぼれていた。

 口にする声が言葉にならないまま、ライムは母親にすがりついた。

「よかった・・・記憶が戻った・・母さんが、帰ってきた・・・」

 ひたすら泣きじゃくるライムを、母親が優しく迎えていた。この親子の再会に、なのはもフェイトも感動を覚えていた。

「いらっしゃい、ひばり・・ママのところに・・・」

「ひばりの・・ママ・・・?」

 呼びかけてくる母親に、ひばりが戸惑いを覚える。

「ママ・・・よかった・・・ママ!」

 ひばりも涙を浮かべて、母親にすがりついてきた。母親の愛情を実感して、ひばりは心から喜んでいた。

「家族か・・本当にいいね・・・」

 ライムたちの姿を見て、フェイトも喜びを感じていた。家族の愛情にあふれたライムに、フェイトは心の中で祝福を送っていた。

「あの、みなさん・・ライムとひばりがご迷惑をおかけしたのではないでしょうか・・・?」

 母親がリンディたちに向けて声をかけてきた。するとリンディが微笑んで答える。

「いえ・・むしろ私たちが、みなさんに迷惑をかけてしまったようで・・・」

「そうですか・・でももう問題は解決したみたいですね・・・」

 母親も笑顔を見せて、リンディたちを安心させた。ライムに幸せが戻ったことに、なのはとフェイトは喜びを分かち合った。

 

 それからなのはたちはひとまず病室を出た。ライムとひばりに母親との時間を過ごさせるためだった。もちろん病室には監視の目を向けており、何らかの行動があればすぐに対処できるようにしていた。

「母さん・・本当に戻ってきてよかった・・・」

「ひばりも、ママに会えてよかった・・よかったよ・・・」

 ライムとひばりが母親との時間を分かち合っていく。2人は涙を拭うと、母親に真剣な面持ちを見せた。

「母さん・・さっきも行ったけど、僕たちは行くよ・・母さんに甘えるのは母さんに悪いし、僕たちらしくないと思うから・・・」

「母さんのことは構わないのよ・・でもライムとひばりが言うなら・・・」

 心境を打ち明けるライムに、母親が信頼を寄せる。

「僕たちは大丈夫だよ・・だってもう1人でも、2人きりでもないから・・・」

 ライムは笑顔を母親に見せると、窓に向かってゆっくりと移動していく。

「僕たちは強くなる・・そう・・もっと速く、もっと高く、もっと強く・・・!」

 そしてライムはひばりを抱え込むと同時に、その窓を開いた。彼女は窓から外に飛び出した。

「まさか!」

 直後、クロノが病室に飛び込んできた。だが既にライムはクリスレイサーを起動し、バリアジャケットを身にまとって、ひばりとともに飛翔してしまった。

 

 ライムとひばりが逃亡していったのを、なのはたちも目撃していた。

「ライムちゃん・・・」

「ライム・・リンディ提督やみんななら、親切にしてくれるのに・・・」

 困惑するなのはとフェイト。だが2人はすぐに気持ちを落ち着けた。

「多分、強くなるために旅立ったんだと思う・・負けたまま大人しくしているような性格じゃないし・・」

「きっとまた・・私たちに会いに来てくれるよ・・そして、フェイトちゃんも・・・」

 フェイトとなのはは言葉を交わすと、互いに目を向けて微笑みかけた。

「今度はちゃんとした形で会いに行くよ・・心から、友達になれるように・・・」

「私もずっと待っているよ・・フェイトちゃん・・・」

 心からの再会を約束して、笑顔を見せ合うフェイトとなのは。彼女たちの友情は、ジュエルシードを巡って争っていたときから既に芽生え始めていた。

「ライムちゃんとも、仲良くなれるといいね・・心から・・・」

「ううん、もう心がつながっているよ・・友達というよりは、ライバルだけどね・・・」

「ライバルね・・・そういうのもありなのかな・・・」

 フェイトが口にした言葉を意味深に思えて、なのはは疑問を覚えていた。

(ライム、待っているからね・・私も強くなるから・・魔法も、心も・・・)

 ライムへの信頼を胸に秘めて、フェイトはこれからの時間を大切にしようとしていた。

 

 アースラの監視をすり抜けて、病院から離れていったライムとひばり。2人は大海原のはるか上空を飛行していた。

「ライム、大丈夫かな?・・こんなことしなくても、みんな・・・」

「分かってる・・それでも、こうでもしないと僕は自分を貫けないから・・・」

 不安を浮かべるひばりに、ライムが自分の心境を告げる。

「気持ちが落ち着いたら、けじめは付けるよ・・だけどそれは、僕たちが強くなってからだ・・・」

「ライム・・・」

 ライムの言葉にひばりが戸惑いを覚える。だが彼女の向上心を感じ取って、ひばりは笑顔を見せた。

「そうだ・・もっと速く、もっと高く、もっと強く!」

 決意を強めて、ライムはひばりとともに行く。魔法だけでなく、心も強い自分を目指して。

 

 

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