「裏」風華学園物語
〜プラリ風華の旅〜
校舎の廊下にポツンと置かれた1体の人形。
それが新たな騒動の火種となるのだった。
「ん?何だろう、この人形?」
授業が終わり、時間は合間の休み時間となっていた。教師、杉浦碧(すぎうらみどり)は、廊下であるものに眼を留めた。
その人形は垂れ眼を連想させるような気の抜けた丸い眼に紅いネクタイをしていた。背中には手を入れる穴があり、人形劇もできそうなつくりになっていた。
碧はその人形を拾い、まじまじと見つめる。
「それにしてもマヌケな顔だねぇ。誰のもんなんだろうねぇ。」
興味津々でいろいろな角度から人形を見てまわす碧。そして背中の穴に手を入れてみる。
それが、この壮絶な騒動の始まりだった。
風華学園の校医である鷺沢陽子(さぎさわようこ)が保健室に戻ってきた。そこで彼女は眼の前の光景に唖然となる。
「やぁ、陽子。お邪魔してるよ〜。」
彼女が使用している机から、碧が気の抜けた声をかける。しかし陽子は唖然となったままだ。
「ちょっと、アンタ・・何なのよ、それは・・・?」
陽子が何とか言葉を切り出し、碧を指差す。正確には碧の手にはめている人形にだった。
それは先程彼女が拾ってきた人形だった。
「いよう、姉ちゃん。今日もいい天気だな。」
その手にはめた人形を動かしながらしゃべりだしてきた彼女に、陽子はさらに唖然となる。
「何ボケーッとしてんだよ。そんなとこに突っ立ってないで、どっかで腰を下ろしたらどうなんだい?」
碧がしゃべっているようには見えないが、明らかに声は彼女のものである。腹話術をやっているのか、人形がしゃべっているような雰囲気だった。
「ちょっとアンタ、いい加減にしなさいよ。いつまでそんな人形劇やられても、面白くないわよ。」
ついに見かねた陽子が愚痴をこぼす。
「ち、違うのよ。今のはあたしじゃないのよ。この人形が・・」
「は?」
そこへ碧が意味不明な弁解をして、陽子は眉をひそめる。
「実はね・・・」
碧は陽子に事のいきさつを話し始めた。
廊下でこの人形を拾い、手にはめてみたところ、突然この人形がしゃべりだしたという。その口調はあまりに毒舌で、遠慮の欠片もなかった。
「ふうん、なるほどねぇ・・って、そんなふざけた話を信じられるわけないでしょ。」
「だって、あたしの意思に反してコイツが勝手にしゃべっちゃうのよ。」
否定する陽子に、碧が気のない返事をする。
「だいたい、アンタいつまでそんな人形を手につけてんのよ。」
「そんな人形とは失礼だな、姉ちゃん。このプッチャンを捕まえて、口が悪いねぇ。」
そこへ声をかけてきたのは碧だった。いや、碧が手にはめた人形にしゃべらせているような振る舞いを見せていた。
その様子に、陽子は完全に呆れ果ててしまう。
「アンタ、いい加減にしなさいよ。そんなもので遊んでる暇があるなら、そろそろ教室に行きなさい。」
そういって陽子は、碧がはめている人形を取り上げて、叩きつけるように机の上に置く。
「あら・・・?」
碧がきょとんとなって、人形をはめていた手を見つめる。
「ほら。早く教室に行きなさい。」
陽子に言われて、碧は疑問符を浮かべたまま保健室を出た。それから少し時間を置いて、陽子も保健室を後にする。
机の上には人形、プッチャンだけが取り残された。
授業が終わり、再び休み時間が訪れた。誰もいない保健室に2人の女子がやってきた。高等部1年の玖我(くが)なつきと鈴木耀(すずきあかる)である。
耀が体調不調だと保健室に向かっていたところをなつきが通りがかり、耀は甘えるように彼女を引っ張ってここに来ていた。
「なぜ私がお前にわざわざ付き添わなければならないんだ?」
「だって、あたしだけじゃ心細いんですよ〜。でもなつきさんが一緒なら、何とか行けそうです。」
耀にすっかり甘えられて、ぶっきらぼうな態度を見せるしかないなつき。
「すみませーん、誰かいませんかー?」
耀が先生を呼びかけるが、保健室には誰もいない。
「あれ?これは?」
そのとき、耀は机の上に置かれた人形に眼を留めた。
「何でしょう?先生がこんなの持ちたがるわけないし。」
疑問を投げかけながら、耀はその人形を持ち上げていろいろな角度から見回した。そしてそのことを全く気に留めていないなつきに差し出す。
「これ、手を入れる穴がありますね。なつきさん、はめてみてくれます?」
「な、なぜ私がそんなものを・・・!」
耀の頼みに、なつきは憮然とした面持ちを見せる。しかし耀の悩ましい眼差しに根負けして、彼女は渋々その人形をはめてみることにする。
「ん?・・・別に何ともないぞ。これで満足か?分かったらこんな遊びに・・・」
なつきが呆れながらその人形を外そうとしたとき、
「こんな遊びをしてみるのもいいもんだぜ。」
「えっ!?」
突然しゃべったかのような動きを見せた人形。その瞬間に、耀以上になつきが驚きの面持ちを見せ、赤面する。
「へぇ。なつきさん、うまいですね、その腹話術。」
「ち、違う!コ、コイツが勝手にしゃべっているだけで・・!」
感嘆の声を呟いて微笑む耀に、なつきが恥ずかしがりながら弁解する。
「失礼だぞ。オレはこれでも遠慮の固まりみたいな男なんだぜ。」
それをぶち壊すかのように、再び人形が話の仕草を見せる。水を差されるような不快感を覚えて、なつきは押し黙ってしまう。
「あら?仮病を使って保健室に来てみたら、いいもの見させてもらったわね。」
そこへ声がかかり、耀となつきが出入り口に振り向く。そこには不敵な笑みを浮かべている赤髪の中等部の女子、結城奈緒(ゆうきなお)が立っていた。
「お、お前・・!」
「あ、奈緒ちゃん。」
耀が笑顔を奈緒に見せる傍ら、なつきがこの事態を見られたことに動揺を見せる。
「アンタ、パンツ集めじゃなく、そんな人形遊びの趣味まであったなんてね。」
「ち、違う!これは・・!」
なつきが赤面しながら弁解するが、奈緒は全く聞く耳を持っていなかった。
「それにしても、小汚いお人形だこと。趣味や家事みたいね。」
「貴様、言わせておけば好き放題に・・!」
「そうだぞ!このプッチャンをバカにするなよ!」
奈緒の態度に苛立ちをあらわにしたなつきに続いて、人形も抗議する。すると奈緒が大笑いを見せる。
「ブッチャンだって。アンタ、いつからお笑いの道を進むようになったの?」
「あらあら。また面白いことになってはりますな。」
そこへ朗らかな言動を見せる女子が声をかけてきた。高等部3年、生徒会長、藤乃静留(ふじのしずる)である。
彼女のこの優雅な姿と声だが、今のなつきには痛々しく思えた。
「し、静留・・これは、つまり・・・」
なつきはすっかり動揺を見せるが、耀と静留は明るく微笑み、奈緒は大笑いを続けている。
「おかしいならお前もつけろ!コイツは私の意思に反して、勝手に話しかけてくるんだ。」
奈緒の態度にムッとしたなつきが、はめていた人形を彼女に突きつける。
「何ワケの分かんないこと言ってんのよ。」
奈緒が愚痴をこぼしながら、その人形、プッチャンをはめてみる。
「こんなのつけたって、面白くもなんともないわね。」
「こんなのとは失礼だねぇ。」
「えっ!?」
さらに愚痴をこぼしたところで人形がしゃべる仕草を見せ、奈緒が驚きの声を上げる。
「ウソ・・こんなの・・・!?」
動揺を見せる彼女を見て、なつきがなぜか自慢げな顔を見せる。
「このプッチャンをナメてもらっちゃ困るぜ。オレにかかればどんなヤツもタジタジさ。」
自分の意思に反して勝手にしゃべる仕草を見せるプッチャンに、奈緒は完全に焦りの表情である。その様子に、今度はなつきが大笑いを見せる。
「アッハハハハ、お前もなかなか様になってるじゃないか。」
彼女の笑いに今度は奈緒がムッとする。
「いつまでもこんなお人形遊びに付き合ってられないわ!」
憤慨した奈緒が、開いている窓からプッチャンを投げ捨てた。
「あらあら。そんなことをしたらあきまへんよ。」
「うるさい!」
その光景にきょとんとした面持ちを見せる静留に、なつきと奈緒の抗議の声が重なった。
「この人形のせいで気分が悪くなったわ。ホント、サイテー。」
憮然とした態度を保ったまま、奈緒は保健室を出る。その後、なつきも完全に呆れた面持ちで、きょとんとしている耀と静留を尻目に保健室を出た。
学園内の道を2人の男女が歩いていた。日暮(ひぐらし)あかねと倉内和也(くらうちかずや)である。
HIMEの運命とその想いの死。2人は様々な出来事を経て現在に至り、ラヴラヴな交流を続けていた。
「カズくん・・・」
「あかねちゃん・・・」
互いの顔を見つめて頬を赤らめるあかねと和也。
そのとき、その傍ら、道の真ん中に1つの人形が落ちてきた。それが眼に入った和也がそこに振り返る。
「何だろう、その人形・・?」
「誰かが捨てたのかな?かわいそう・・」
その人形を見つめて呟く和也。その人形に当惑の面持ちで近づいてみるあかね。その人形を拾って手を入れる穴を見つけ、そこに手を入れてみる。
「ふう。危ない目にあったぜ。」
すると突然、その人形がしゃべる動作を見せる。しかもその声はあかねのものに間違いなかった。
「えっ!?」
「あ、あかねちゃん・・!?」
その出来事に当のあかねも、それを目の当たりにした和也も驚きを浮かべる。
「ち、違うの、カズくん!私は何も・・この人形が勝手に・・・!」
「そんなつれねぇこと言わないでくれよ。ラブラブなアンタたちを、しっかりと応援してやるからさ。」
赤面しながら弁解しようとするあかねに水を差すように、プッチャンがさらに毒舌を振りまく。
「や、やだぁ、私ったら!カズくんにこんな恥ずかしいところ・・・!」
あかねが恥ずかしさのあまり、人形をはめた手を大きく振り回す。するとその人形が手から離れ、遠くのほうに飛んでいってしまった。
「あっ・・・!」
その人形が消えていくのを、あかねと和也は唖然としながら見送った。
「ど、どうしよう、カズくん・・・?」
「これじゃ、どこにいったのか分からないよ・・・」
既に見えなくなってしまった人形に対し、あかねと和也は困惑するばかりだった。
学園内に設置されている教会。ここでは、「黄金の天使」、アリッサ・シアーズをはじめとした聖歌隊のこの日の練習が終わったところである。
明るい笑顔を見せて帰っていく初等部の生徒たちに、アリッサが挨拶を返す。彼女がひと通り挨拶を済ませると、1人の女子が近づいてきた。
透き通るような水色の髪をした無表情の女子。高等部1年、深優(みゆ)・グリーアである。
「お疲れ様でした、お嬢様。今日もすばらしい歌声でした。」
普段の無表情からは想像できないような笑みをアリッサに見せていた。
「ありがとう、深優。」
それを受けてアリッサが小さく微笑んで返す。
2人は深い絆で結ばれていた。幼い頃から、アリッサは深優を深く信頼していた。
そんなひと時の中、窓から何かが放り込まれてきた。教会の祭壇に落ちてきたそれに、アリッサと深優が振り返る。
「何でしょう、深優?」
アリッサが問いかけると、深優はその薄汚れた人形をじっと見つめる。
「危険分子なし。普通の人形のようです。」
頭の中の思考回路が人形であることを特定し、深優はその人形に近づき拾う。間近で見据えても、その正体に変わりはない。
そこへ聖歌隊の生徒を見送ったシスター、真田紫子(さなだゆかりこ)が戻ってきた。
「今日もお疲れ様でした、アリッサちゃん、深優さん。」
アリッサと深優に笑顔で挨拶をかける紫子。そこで深優が1つの人形を手にはめているのを見て一瞬きょとんとなる。
「深優さん、どうしたのですか、そのお人形さん?」
紫子が問いかけると、深優は無表情で答える。
「外からここに投げ入れられたものです。犯人の特定はできていません。」
「全くひどいもんだよ。オレのことを乱暴に放り込みやがって。」
深優が答えた直後、突然誰がか声をかけてきた。紫子が驚きを見せて周囲を見回すが、彼女たち3人以外にこの教会には誰もいない。
「この声の発信源は・・・?」
深優が分析して答えようとするが、突如言葉を詰まらせる。
「どうしたのです、深優?」
アリッサが疑問を投げかけると、
「人形がしゃべったくらいでみんな驚きすぎなんだよ。」
耳を澄ますと、声は深優のものだった。彼女が人形を動かして話す仕草をしているように見えた。
「理解不能です。原因不明。解析不能・・・」
人形の正体を理解できず、混乱の言葉をもらす深優。
「ど、どうしたのですか、深優さん!?何を言って・・・!?」
紫子がひどく動揺し、深優に近づいて人形を取り上げる。その拍子で紫子は自分の手にその人形をはめてしまう。
「落ち着きなよ、シスター。神に仕える者なら、常に冷静沈着でいないと。」
人形がさらにしゃべる動作を見せる。その動きに紫子がさらに動揺を浮かべる。声は確かに彼女のものとも聞き取れたが、彼女自身が話している様子はない。
「イ、イヤアァァーーー!!!」
完全に動揺しきってしまった紫子が、思わず人形を外に放り投げてしまう。その直後、我に返った彼女が自分の錯乱を恥らって頬に手を当てる。
「あぁ、神よ、こんなはしたないお姿を見せたことをお許しください!」
赤面して未だに困惑している紫子。人形が放り出されたほうを見つめているアリッサ。深優はその人形の正体について、未だに分析を続けていた。
授業が終わり、放課後となった。この日もバイトのために、鴇羽舞衣(ときはまい)は勢いよく校舎を飛び出した。
弟、巧海(たくみ)の病の治療のための資金を稼ぐためにしていたこのバイトも、いつしか自身の向上のためにもなっていた。
学園の正門が見え始めたとき、彼女の眼に、薄汚い人形が落ちているのが映った。
「あれ?この人形・・」
舞衣はふと立ち止まって、その人形に手を伸ばす。
「どうしたんだろう、このお人形・・?」
人形をいろいろな角度から見回す舞衣。名前が書いてあればいい手がかりになると思ったのだ。
「あ、舞衣さーん!」
「舞衣!」
そこへ2人の中等部の女子と高等部の男子1人がやってきた。おさげの黒髪の少女、美袋命(みなぎみこと)、4つのピンクテールの少女、宗像詩帆(むなかたしほ)、少し逆立った茶髪の青年、楯祐一(たてゆういち)である。
「お前これからバイトだろ?何やってんだよ、こんなところで?」
祐一が詩帆に腕を引っ張られながら、舞衣に声をかける。
「あ、祐一、これは・・・」
舞衣がとっさに弁解をしようとしたとき、
「放り投げられたところを、この姉ちゃんに助けられたんだよ。」
「なっ!?」
「はいぃっ!?」
突然人形がしゃべる仕草を見せ、祐一たちだけでなく、舞衣自身も驚きを見せた。
「助かったぜ、姉ちゃん。オレはプッチャンだ。みんな、よろしくな。」
人形、プッチャンの声に舞衣は戸惑いを浮かべる。その声は明らかに彼女のものだが、彼女自身は話したつもりはなかった。
「おおっ!舞衣、すごいぞ!まるで人形が話しているみたいだぞ!」
命が満面の笑みを浮かべて喜んでいる。腹話術を面白いと思っているのだ。
「ち、違うのよ、命!このぬいぐるみが勝手に・・・!」
慌てふためく舞衣だが、喜びを見せている命と詩帆、呆れ果てている祐一の態度に変わりはなかった。
「喜んでくれると、何だか照れちまうなぁ。まぁ、そんなに驚くことのほどでもないんだけど。」
照れくさそうに振舞う人形に、舞衣は弁解する気さえもなくして肩を落とす。
その人形が執行部によって接収されたのは、それから数分後のことだった。
「全く!この人形のせいでおかしなことが起こってばかりだわ!」
生徒会室に運ばれた人形を指差して、執行部部長、珠洲城遥(すずしろはるか)が目くじらを立てる。その人形を手に取って、執行部部員、菊川雪之(きくかわゆきの)がいろいろな角度から見回していた。
「これが保健室、教会、そして正門付近で騒ぎを起こした人形なんだね、遥ちゃん?」
「そうよ。でもこれでこんな馬鹿げた騒ぎも終わりよ!だいたい、人形が勝手にしゃべりだすなんて愚かの骨頂だわ!」
「それを言うなら愚の骨頂だぜ。」
愚痴をこぼしていたところに声をかけられ、遥が眉をひそめて振り返る。するとそわそわする雪之の手には、問題の人形がはめられていた。
かけられた声が雪之のものだということは遥には分かっていた。彼女はそわそわした様子を見せている雪之に疑念を抱く。
「ちょっと雪之、何人形で遊んでんのよ。腹話術なんかやったって・・」
「ち、違うの、遥ちゃん!この人形が勝手に・・!」
雪之が弁解しようとするが、遥は全く信じていない。雪之の不安を煽るかのように、再び人形が動き出した。彼女の意思に反して。
「勢い任せっていうのも悪くないが、たまには足を止めてじっくり考えてみたほうがいいぜ。あと、誤字脱字も注意しないとな。」
「なぬっ!?」
その言葉に遥が顔をしかめる。もはや弁解する余地がなくなってしまったと思い、雪之は混乱するしかなかった。
そんな困惑気味の雰囲気の生徒会室に、生徒会長の静留が入ってきた。
「あらあら。何やにぎやかやねぇ。」
静留が朗らかな笑みを浮かべて、遥と雪之の様子をうかがう。雪之がさらに困惑を見せる最中、遥が呆れた面持ちを静留に見せる。
「会長、あれが例の騒ぎを起こした人形です。なのに雪之がその人形で遊ぶ始末で・・」
「知ってはります。少し前にうちも見かけました。」
満面の笑みを見せる静留の反応に、遥は意外そうな気分を覚えて唖然となる。
「そうだな。あのときはいろいろと楽しかったぜ。」
そこへまた声がかけられ、雪之が再び混乱をあらわにする。
「せやったね。あんときのなつき、えらく動揺しはって。」
しかし静留は全く気にする様子もなく、淡々と人形に語りかけていた。
「ち、違うんです、藤乃さん!こ、これは・・!」
「分かってはります、菊川さん。気にせんといて。」
慌てふためく雪之に対し、静留は朗らかな態度を崩さない。そして静留は、雪之の手にはめられている人形を取り上げ、いろいろな角度から見回してみる。
「少し汚れてるみたいやなぁ。手入れすれば初等部に生徒さんにも使ってもらえそうやね。」
「か、会長・・!?」
静留の行動に困惑気味の遥。その視線をよそに、静留はその人形を手にはめてみる。こうすれば、なつきや雪之が弁解したように、人形が勝手にしゃべりだしたのかが実際に分かる。
「ほんま、人形が話すんやろうか?」
「おいおい、オレをそんな邪険にするもんじゃないぜ。」
「えっ!?」
からかうつもりで静留が問いかけると、案の定、人形がしゃべる素振りを見せた。遥と雪之も驚きの声を上げる。
「オレにはアンタのことがお見通しなんだぜ。こうしていつもはおしとやかにしてるけど、裏じゃ何を仕出かしているか分かったもんじゃねぇからさ。」
「こらこら。あんまりあることないこと言ったらあきまへんよ。」
人形、プッチャンの言い放った言葉に対し、静留が叱り付ける。口元は笑っていたが、眼は笑ってなく、射殺すような視線を放っていた。
そんな1人と1体のやり取りに雪之は唖然となり、遥は呆れた面持ちを見せていた。
しばらく話し合い(といっても静留とプッチャンとのおしゃべりがほとんどだが)が行われた結果、生徒会はしばし様子を見て、持ち主が現れなければきれいにして再利用することに決定した。
そして生徒たちが出て行った生徒会室の机には、プッチャンは置き去りにされていた。しかし次に生徒が入ってきたときには、その人形は忽然と姿を消していた。
プッチャンはある生徒によって持ち出されていた。その生徒の名は、炎凪(ほむらなぎ)。
凪は学園内を騒がせている人形に興味を持ち、生徒会室から持ち出していた。いろいろと興味を示す素振りを見せながら、彼はとある場所にやってきていた。
風華学園理事長、風花真白(かざはなましろ)の邸宅へ。
「なるほど。今、学園を騒がせていたのはこれだったのですね。」
「そうみたいだね。」
車椅子の少女、真白が人形を手にとって見つめている。凪が気さくな笑みを浮かべて彼女を見ている。
「何でも、手にはめると勝手にしゃべりだすみたいだよ。それでみんなてんやわんやになってるようだったよ。」
彼が話を続けていると、真白がその人形の穴に手を入れていた。
「何だよ。お前、いろいろ調べてるみたいじゃないか。」
またしても人形、プッチャンがしゃべる仕草を見せる。手を入れている真白の声で。
「ま、真白様!?」
そこへ彼女に仕えるメイド姿の女性、姫野二三(ひめのふみ)がやってきて、主の様子に動揺を見せる。振り向いた真白は失笑し、凪は窓に腰かけながらクスクスと笑っている。
「心配することはないぜ、メイドさん。この理事長さんも何気に喜んでくれてるみたいだからさ。」
人形が二三に向かって淡々と語りかけてくる。真白は今の心のうちを笑顔で隠していたが、二三はそれが分かっていたため、満面の笑顔を返す。
「全く君たちは心が広いね。みんないろいろな様子を見せてたんだけどね。あ、でも静留ちゃんはいつもの調子だったかな?」
「アンタ、いろいろと見ているようだね。ま、オレも情報網に関しては折り紙付きだけどな。」
凪の報告にプッチャンが口を挟んでくる。
「ただもんじゃないっていうのは誰から見ても分かるけど、オレにはもっと分かるぞ。アンタと理事長さんは実は・・・」
「おっと、これ以上はご法度だからね。お仕置きしちゃうことになるからね。」
プッチャンが言いかけたところを、凪が眼つきを鋭くしてさえぎる。真白も空いている手の人差し指をプッチャンの口元に当てる。
「あなたとは珍しく意見が合いましたね。口は災いの元ですよ。」
凪に笑みを見せながら、プッチャンに言い聞かせる真白。彼女の微笑ましい姿に、二三も笑みをこぼしていた。
「う、うわっ!」
そのとき、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。真白たちが振り向くと、部屋の中に1人の少女が飛び込んできた。
「あら?どちら様でしょう?この学園の生徒ではないみたいですけど?」
二三が前のめりに倒れている少女にたずねる。
「あたたた・・あ、すいません!大切なもの探していろいろ探し回って、気がついたらここに来てしまって・・・あっ!」
答える少女が突然声を荒げ、真白がはめている人形を指し示した。
「プッチャン!」
少女は満面の笑みを浮かべて、真白に近寄って人形に手を伸ばす。
「プッチャン、こんなところにいたんだぁ!心配したんだよ!」
真白から人形を手にした少女は、心からの感謝を見せていた。
「あら?このお人形さんはあなたのでしたか?」
「違います!プッチャンは私の大切なお友達なんです!」
微笑みかける真白に、少女は弁解する。
「そうだぜ、理事長さんよ。コイツとオレは、切っても切れねぇ絆で結ばれてんだぜ。」
少女の手が入れられているプッチャンが、少女に続けて淡々と語りだす。
「では、もう離れ離れにならないようにしなくてはなりませんね。」
「あ、はい。本当にすみません。」
真白に頭を下げる少女。2人、そして二三も笑みを見せていた。
「いろいろと世話になったな。理事長さんにも、この学園の生徒さんたちにも。」
「プッチャン・・・ゴメンなさい、プッチャンが・・」
憮然とした態度で感謝の言葉をかけるプッチャンに、少女は言いとがめて真白たちに一礼する。
「気になさらずに。私たちも有意義な時間を過ごせましたから。」
「へぇ。あなたがこんなことで気分よくなれるなんてね。」
凪のからかうように言いかけてくる言葉を無視して、真白は少女を見つめる。
「本当にありがとうございます。行こう、プッチャン。」
真白たちにプッチャンを手にはめたまま再度一礼してから、明るく部屋を出た。真白と二三が彼女を微笑みながら見送り、彼女の姿が見えなくなったところで、凪が窓から立ち上がる。
「やれやれ。これでまた落ち着きを取り戻すかな?」
1人呟いた後、凪は姿を消した。ドアから出ることなく、音もなく。
この風華学園に紛れてきた1体の人形。
こうして人形は少女のところに戻っていった。
この人形の正体は何なのか。人形の引き起こす様々な謎の正体は何か。
それは風華の乙女たちの、いや、親友である少女にも分からないことなのかもしれない。