舞HIME −elemental destiny- final step「僕たちの行方」

 

 

 詩帆がかざした両手から炎の壁が、舞衣目がけて叩き込まれる。舞衣も炎の壁を作り出して身を守るが、衝突の反動で2人とも弾き飛ばされる。

「カグツチ!」

 舞衣は飛び上がり、起き上がったカグツチと同化する。通常ならカグツチが優位に立つはずだった。

 しかしカグツチの防戦は変わらなかった。詩帆への攻撃を躊躇していた舞衣は、ただヒエイの放つ炎をかわすしかなかった。

 

 祐一のプルートと黎人のサターンが衝突する。しかしサターンの強靭な力に、祐一は劣勢を強いられていた。

 サターンはウラヌスの力、ネプチューンの速さ、プルートの特殊能力を併せ持った破邪の剣である。祐一とプルートが敵うはずもなかった。

「悟っているはずだ。君は僕に勝てない。剣の力でも、剣の腕でも。」

「かもな。けど負けられないんだよ!」

 不敵に笑う黎人に、祐一がプルートを突き立てる。かなりの距離があったが、祐一の意識とシンクロして刀身が伸びていく。

 これがプルートの特殊能力である。使い手の思い描いたとおりに刀身を変化する。

 しかしその刀身が到達しそうというところで、黎人がサターンで受け止める。そしてサターンの刀身が鞭のようにプルートの刃を絡め取る。

「何っ!?」

 虚を突かれた祐一。彼が反応するよりも、サターンがプルートを捕らえ、そして強烈な力で彼ごとプルートを持ち上げる。振り払われた彼が床に叩きつけられてうめく。

「くあっ!・・ちくしょう・・なんて力だ・・・!」

 愚痴をこぼしながら立ち上がる祐一。悪戦苦闘する彼に、黎人があざけるような視線を向けていた。

 

 カグツチと一体となっている舞衣も苦戦を強いられていた。それでも何とか打開しようと、ヒエイの動きを止めようと火球を放つ。

「詩帆ちゃん、お願いだからやめて!」

 舞衣が必死に呼びかけるが、詩帆の憤りは治まらない。

「ヒエイ!」

 詩帆が叫びながら飛び上がり、ヒエイの中に入り込む。同化を果たした黒い竜に不気味な眼光が宿る。

 これで能力としてはカグツチとヒエイは同等。ためらいを抱いている舞衣が不利に陥った。

「舞衣!」

 そのとき、命の声がかかって舞衣が振り返る。その先には命と同化している鬼、ミロクが起き上がっていた。

「舞衣、私は兄上のために、お前を倒さなくちゃならないんだ!」

「命・・・それが命の願いなの・・・?」

「兄上のためなら、私はどんなことだってする。」

 戸惑いを浮かべる舞衣の問いかけに、命は真剣な面持ちで答える。もう戻れないことを覚悟して、舞衣は視線を詩帆と同化しているヒエイに移す。

「詩帆ちゃん・・本気なの・・・本気で祐一のことを見放したの・・・!?」

「そうよ!舞衣さんは詩帆からお兄ちゃんを奪った!お兄ちゃんも詩帆の気持ちを裏切った!そんな2人なんかいらない!だから、詩帆が全部終わらせて、ハイネさんと幸せになるの!」

 舞衣の言葉に詩帆が悲鳴染みた声を上げる。舞衣と祐一に裏切られたと思い込み、詩帆の心は激しく打ちひしがれていた。

「それが、詩帆ちゃんの望んでいることだっていうの・・・?」

 舞衣が沈痛の面持ちで念を押す。詩帆は何も答えず、ヒエイはカグツチを見据えているままである。

 それを問いかけに対する肯定と受け取った舞衣は覚悟を決める。

「だったら私は迷わない。私自身のために・・私のこの想いのために、戦う!」

 戦う決意を秘めた舞衣。彼女の駆る炎の竜が舞い上がり、ミロクとヒエイを見下ろす。

 いきり立ったミロクも飛翔し、棍棒をカグツチに向けて振り下ろす。カグツチは身を翻して、その打撃をかわす。

 そこへヒエイが黒い炎を吐き出す。その炎に巻き込まれたカグツチが咆哮を上げる。

「キャッ!ああぁぁぁっ!」

 焼かれる激痛に襲われた舞衣の肌に紋様のような傷が広がる。チャイルドと一体となっているHIMEは、受けたダメージを共有することになる。

 その痛烈な苦痛と傷に、舞衣は悲鳴を上げるようにあえぐ。

 そこへミロクの棍棒が振り下ろされる。気付いた舞衣が痛みに耐えながら、飛翔してそれをかわす。

 心身ともに傷ついた舞衣。大きく息をつきながら、ミロクとヒエイを見据える。

(これが命と詩帆ちゃんの想い・・こんなに痛いなんて・・・でも、私も負けられない・・・!)

 改めて決意を思い返した舞衣。その想いを受けて、カグツチが高らかと吼える。

 左右に分かれたミロクとヒエイ。舞衣はヒエイに狙いを定め、カグツチが火球を放つ。

 ヒエイは身を翻して、その炎を次々とかわしていく。カグツチがそこへ飛びかかり、ヒエイにつかみかかる。

 白と黒の竜の激突。それは1人の青年への想いに馳せている2人の少女の衝突を如実に表していた。

 争うカグツチとヒエイに、いきり立ったミロクが飛び込んできた。振り下ろされた棍棒に打ち付けられ、カグツチが突き飛ばされる。

「キャッ!」

 悲鳴を上げる舞衣。床に倒れるカグツチ。2人のHIMEと2体のチャイルドを相手に、舞衣は不利を強いられていた。

 

 黎人の剣技に押される祐一。剣の腕も、破邪の剣の力量も、祐一は黎人に及ばなかった。

「悔やむことはない。君はよく戦ったよ。舞衣さんのために、風華の人々のために。だが、余興は終わりだ。」

 不敵に笑った黎人がサターンに力を込めて振り抜く。その斬撃が、祐一の持つプルートの刃を叩き折った。

「何っ!?」

 驚愕する祐一に、黎人のさらなる攻撃が繰り出される。放たれた光の刃が祐一の横をすぎて壁を破壊する。攻撃が外れたが、その衝動で吹き飛ばされる。

「ぐっ!・・ちきしょう・・・!」

 仰向けに倒れた祐一がうめく。破邪の剣を失った彼に、黎人とサターンを止める術を持っていない。

「君はもうダメだ。もはや打開の糸口さえ見出せないだろう。」

 黎人がサターンの切っ先を祐一に向ける。窮地に追い込まれた祐一が顔を上げると、その先には床に叩きつけられたカグツチの姿があった。

「舞衣!」

 立ち上がった祐一がカグツチに駆け寄ろうとする。彼の声に気付いた舞衣の姿が、カグツチの影に映し出される。

「祐一・・・」

 当惑する舞衣。思いつめた面持ちを見せてから、祐一は思い切って呼びかける。

「舞衣、聞いてほしいことがあるんだ!」

「聞いてほしいって、こんなときに何言ってんのよ・・!」

 祐一の呼びかけに舞衣が顔をしかめる。その様子を気にせず、彼は続ける。

「オレは舞衣、お前のことが好きだ!」

「ゆ、祐一・・・!?」

 この言葉に赤面し、緊張する舞衣。

「この世界の中の誰よりも、舞衣が好きなんだ!これがオレの正直な気持ちだ!」

 自分の内にある想いを言葉にして舞衣に伝えた祐一。その告白に舞衣の心は揺らぐ。

 彼女も祐一への想いを秘めていた。しかしその気持ちは、詩帆の祐一への想いを尊重するために心の中に留めていた。

 しかしそれは本当の自分を隠すだけで意味はない。彼女は今、自分の気持ちに正直になろうと思ったのだ。

 祐一の想いを真正面から受け止め、舞衣も自分の中にある想いを打ち明けた。

「私も・・私も祐一のことが好きだよ!この世界がどうなっても、私は祐一を好きでいたい!」

 笑顔を浮かべて祐一に告白する舞衣。彼女の眼には涙が浮かび上がっていた。

「舞衣!」

「祐一!」

 想いを馳せた2人が互いに手を伸ばす。握られた2人の手から、一条の光が瞬いた。

 その光はまばゆいばかりの輝きへと変わり、周囲を魅了する。しかし命と黎人は顔色を変えず、詩帆はさらなる憤りを感じていた。

 やがて光は白い炎の竜を包み込み、その姿を変貌させる。神々しく輝く光が弾けるように拡散する。

 そこから現れたカグツチの姿は、従来よりコンパクトになっていた。翼と腕が一体となり、非常に動きやすくなっていた。

 頭部に突き刺さっていた剣が消滅し、カグツチが高らかと咆哮を上げる。強大な力を抑え込んでいた封印の剣が消え、本来の、いや、舞衣と祐一の想いを受けた新しい力が解放されたのだった。

 進化した炎の竜の中には、舞衣だけでなく祐一の姿もあった。カグツチが進化したのは、彼の同化が大きな要因となっていた。

「舞衣、やろうか・・・」

「うん、祐一・・」

 互いの顔を向き合って、祐一と舞衣が頷く。そして敵対の意思を見せているミロクとヒエイを見据える。

 先に仕掛けてきたのはミロクだった。高らかと棍棒を振り上げて、カグツチに向けて飛び出す。

 その直後、カグツチが眼にも留まらぬ速さで飛び出し、ミロクとヒエイをなぎ払う。進化した炎の竜の速度は、爆発的な加速と瞬間的な移動を可能としていた。

「詩帆が・・詩帆とヒエイが追いつけないなんて・・・!」

 起き上がったヒエイ。詩帆がカグツチの脅威に毒づく。

「ここで負けたら、ハイネさんが・・・!」

 背水の陣に立たされた詩帆がいきり立ち、カグツチに向けて飛び込む。しかしカグツチの加速に翻弄され、逆にその突進に突き飛ばされる。

 劣勢を感じた詩帆が顔を歪め、ヒエイが大きく息を吸い込む。溜め込んだ力を炎に変えて、カグツチに向けて解き放つ。

「詩帆!」

 祐一が叫ぶと、カグツチも口から炎を放つ。赤と黒の炎が衝突し、周囲に荒々しい振動をもたらす。

 拡散した炎が客席に飛び込み、観客が逃げ惑う様子も見られた。アリーナ会場から炎があふれ出す。

「分かってくれ、詩帆!オレは舞衣のことが・・!」

「お兄ちゃん!」

 切実な気持ちを込める祐一。詩帆が嘆きとも思える悲痛の叫びを上げる。その気持ちのすれ違いは、命運を白日の下にさらけ出した。

 カグツチの紅い炎が、ヒエイの黒い炎を押していく。そして勢いをつけて、この黒い炎ごとヒエイをなぎ払った。

 消滅はしていなかったが、完全な満身創痍に陥ったヒエイと詩帆。沈痛の面持ちで、祐一はその姿を見つめた。

「君たちは決して逃れられない!あらゆる運命からは!」

 そこへ黎人がサターンを振り上げて飛び込み、舞衣と祐一が振り向く。炎の竜の右翼を、破邪の剣の鞭のように変形した刀身が捕らえる。

 そのとき、カグツチが咆哮を上げると、その全身から神々しい光が湧き上がる。竜の強靭な力で、絡め取っていたサターンの刀身が粉砕される。

「バカな・・・!?」

 眼を見開く黎人が弾き飛ばされ、壁に叩きつけられる。痛烈なカグツチの攻撃を前に、彼は体の悲鳴を感じて動けなくなる。

「兄上!」

 そこへ命の駆るミロクが再度突っ込んできた。振り返ったカグツチが力を溜める。

「命!」

 舞衣の想いを込めたカグツチが瞬発力を見せる。一気に加速した竜が、鬼の体を貫いた。

 その直前、命はミロクとの同化を解いていた。恐怖による後退なのか、黎人、舞衣のどちらかの意思に駆られたのか。その理由は命自身にも分からなかった。

 貫通され爆発する鬼。その反動に巻き込まれ、命も壁に叩きつけられる。

「あ、兄上・・・」

 命が弱々しく声をもらしながら、横で壁にもたれかかっている黎人に手を伸ばす。不敵な笑みを見せる黎人の体から光の粒子があふれている。

 ミロクが破壊され、命の想いの矛先である彼は消滅しようとしていた。HIMEの運命は、黒曜の君さえも例外ではなかった。

「これもまた運命か・・・だが君たちが行き着く先は・・絶望だ・・・」

 死に際の言葉を舞衣と祐一に告げて、黎人は消滅した。世界を動かしていた黒曜の君の消滅で、客席に残っていた人々は動揺を隠せなかった。

「黎人・・・」

「黎人さん・・・」

 祐一も舞衣も困惑の面持ちを浮かべていた。会場内は嵐が去ったような静けさに包まれていた。

 そのとき、会場を振動が襲い、客席が騒然となる。舞衣と祐一も周囲をうかがう。

「鴇羽舞衣さん、楯祐一さん。黒曜の君を倒したあなた方の力、見事でした。」

 メインビジョンから声がかかり、周囲がそこに注目する。その声は幼い少女のもので、画面には衛星のようなものが映し出されていた。

「アリッサちゃん・・・!?」

 舞衣が当惑しながら、その少女の名を呼ぶ。

 この衛星はアリッサのチャイルド、アルテミスである。金色に輝いた機体から放たれる「黄金の雷」は、あらゆる地帯を焦土に変貌させてしまうほどの威力を備えている。また動きも機敏で、攻撃の命中率も高い。

「ですが、これで終わりです。」

 次に声をかけてきたのはアリッサではなく、祐一が退けたはずの深優だった。

「あなた方が教えてくれたのです。ワルキューレだけでなく、その想い人も一体となることで、チャイルドは最大の力を発揮するのです。」

「ってことは、まさか・・・!?」

 アリッサの言葉に祐一が驚愕し、上空を見上げる。上はアリーナ会場の天井にさえぎられて外はうかがえなかったが、その先の遥か彼方にある存在に彼は気付いていた。

「そうです。私も深優も、このアルテミスと一体となっています。いくら最大限の力を発揮したあなた方でも、私たちの“黄金の雷”を阻止することはできません。」

 その言葉に祐一が眼を見開いた。アルテミスがこちらに狙いを定めている。

「やばい!みんな、逃げろ!」

 危機感を覚えた祐一が周囲に呼びかける。

「どうしたの、祐一・・!?」

「アイツら、ここを狙って攻撃を仕掛けてくるぞ!」

 舞衣の声に祐一が答える。その直後、人々は逃げ惑い、次々と出入り口から出ようとする。

「もう手遅れです・・・アルテミス、“黄金の雷”」

 アリッサが意識を集中すると、金色に輝いていたアルテミスから閃光が放たれる。黄金の雷は真っ直ぐにアリーナ会場に向かって伸びていく。

「まずい!このままじゃ・・!」

 毒づく祐一。舞衣がカグツチを駆って迎撃しようとするが間に合わない。

 閃光が会場の天井を突き破り、舞台を破壊しようというところで、1つの巨大な影がカグツチの前に割り込んできた。

「あれは・・!」

「詩帆・・!」

 舞衣と祐一が乱入してきたヒエイに愕然となる。詩帆が自らの想いを糧にして2人を守っていたのだ。

「みんなは・・詩帆が守るの・・・!」

 詩帆が苦悶の表情を浮かべて、閃光を必死に受け止める。

「詩帆、やめろ!そんなことをしたら、お前が・・・!」

 祐一が詩帆に呼びかけるが、彼女はその場を離れようとしない。

「・・舞衣さん・・お兄ちゃん・・・今のうちに・・・!」

「詩帆ちゃん・・!」

「早くして!もう、支えられないよ・・!」

 呼びかける詩帆に舞衣は戸惑う。閃光を押さえていたヒエイの体から、チャイルドの死を意味する青白い炎が湧き上がっていた。

「詩帆ちゃん!」

「詩帆!」

 舞衣と祐一が再度驚愕する。詩帆は死を覚悟して2人に全てを託している。

 その気持ちを無駄にしてはいけない。2人は決意と覚悟を決めて、瞬く閃光を見据える。

「カグツチ!」

 涙ながらの2人の叫び声が重なる。カグツチが口から、全ての想いを込めた炎を放つ。

 瀕死となったヒエイを弾き飛ばした閃光に叩き込まれる炎。威力の弱まった閃光は、そのまま炎に押されていく。

 そして炎は大気圏を突き抜け、浮遊していたアルテミスに到達する。熱量を増した衛星の機体は爆発を引き起こす。

「深優・・・」

「アリッサ、お嬢様・・・」

 その衛星の中で寄り添い合うアリッサと深優。焼き尽くす炎とHIMEの運命に抱かれて、2人は宇宙(そら)に散った。

 

 舞衣と祐一をかばったヒエイ。青白い炎に巻かれる黒い竜から、1人の裸の少女が姿を現す。

「詩帆ちゃん・・!」

 カグツチを消し、同化を解いた舞衣と祐一がその少女、詩帆に駆け寄る。

「詩帆ちゃん!しっかりして、詩帆ちゃん!」

 詩帆の脱力した体を起こして舞衣が呼びかける。

「詩帆!おい、詩帆!」

 祐一も懸命に彼女に呼びかける。2人の声を耳にして、彼女が眼を開けて小さく微笑む。

「舞衣さん・・・お兄ちゃん・・・」

「詩帆・・お前・・・」

 青白い炎と光の粒子に包まれている詩帆に、祐一は困惑を隠せなかった。

「ちょっと聞かせて・・・舞衣さんは、お兄ちゃんが好きなの・・・?」

 唐突な詩帆の問いかけに戸惑いを見せるも、舞衣は真剣な面持ちで頷く。すると詩帆は祐一に視線を移す。

「お兄ちゃんは、どうなの・・・?」

 その問いかけに、祐一も困惑しながらも無言で頷く。2人の想いを確かめて、詩帆は満面の笑顔を見せる。

「ありがとう、舞衣さん、お兄ちゃん・・・2人の気持ちが聞けて、とっても嬉しいよ・・・」

「詩帆・・すまない・・お前の気持ちに、応えてやれなくて・・・」

「いいよ、お兄ちゃん・・・お兄ちゃんの気持ちが分かっただけで、詩帆は嬉しいの・・・」

 詩帆は力なく手を伸ばす。舞衣と祐一は悲痛の面持ちでその手をつかむ。

「舞衣さん・・お兄ちゃんの気持ちを裏切っちゃダメだよ・・・詩帆が潔く諦めることを決めたんだからね・・・」

 自分の想いを託す詩帆に、舞衣は頷く。それを確かめて、詩帆は笑顔のまま瞳を閉じた。

「詩帆・・・!?」

 祐一が眉をひそめた直後、詩帆の体が霧散するように消滅する。舞衣の腕に抱かれながら、彼女はHIMEの運命の死を受け入れたのだった。

「詩帆!」

 祐一が叫び、舞衣がこの場でうずくまって涙する。詩帆を死に追いやったことを悔やみ、彼は拳を強く握り締めていた。

 その様子を、満身創痍のハイネが見つめていた。詩帆の死によって、彼女の想いが向けられていた彼にも死が訪れる。

 突如胸を突き刺す苦痛にさいなまれ、一瞬苦悶の表情を見せるハイネ。彼の体から想い人の死を意味する光の粒子があふれていた。

「こいつは・・・これも、オレの運命ってヤツか・・・」

 不敵な笑みを浮かべて、ハイネは消滅した。軍人として全てを全うしていた彼もまた、HIMEの運命によって命を散らした。

 

 しばらく泣きじゃくった後、舞衣に祐一の手が差し伸べられる。彼女は促されるままにその手を取る。

 立ち上がった2人が、取り合った手を強く握り締める。2人の想いは、たくさんの犠牲の上に成り立っている。

 想いのために戦い散っていった人。彼らに想いを託し、運命に身を任せて死んでいった人。そんな人々のためにも、これからやらなければならないことがある。

 数々の決意と互いへの想いを胸に秘めて、舞衣と祐一は前を見つめる。

 だが、その先には一番地に従っていた人々が立ちふさがっていた。戦闘意欲は見られないものの、2人をこのまま見逃すつもりもなさそうだった。

 取り囲む人々に対し、決意を込めた2人に動じなかった。

「どけ・・オレは行かなくちゃいけないんだ・・・」

「邪魔をするなら、容赦しないわ・・・」

 迷いなく言い放つ祐一と舞衣。人々は動揺し、恐れさえ見せながら2人に道を開ける。その開かれた道を、2人は無言で進んでいく。

 歩き出す2人に危害を加えようと考える人は誰一人いなかった。

 

 半壊したアリーナ会場から出てきた舞衣と祐一。立ち去る2人を、凪と庵が高みから見下ろしていた。

「黒曜の君は倒れ、媛星も消滅した。HIMEを滅ぼさなくても、この世界を滅ぼす要因は存在しなくなったわけだ。」

「けど、たとえHIMEが救世主として確立しても、人々は受け入れようとはしねぇだろうな。何もかも元に戻ったとしても、あの2人は報われないだろうな。」

 凪と庵が2人を見送りながら言葉を交わす。凪の言うとおり、黒曜の君の死によって媛星は消滅していた。

 世界の危機をもたらしていたのは、黒曜の君が元凶だったのだ。しかし人々は彼への信頼とHIMEに対する嫌悪感は消えることはないだろう。

 そんな荒んだ世界の中で、舞衣と祐一は生きていく。彼らならどんな逆境にも負けることはないだろう。

「どうした、凪?」

 しんみりした面持ちを浮かべている凪に、庵が聞いてくる。

「もしかして、舞衣HIMEがアイツに取られて憂鬱になってるのか?」

「そうだよ。舞衣ちゃん、とってもかわいいのに、それを楯くんがひとり占めするからね。」

「やめとけ、やめとけ。お前とアイツらじゃつり合いも取れねぇよ。」

「余計なお世話だよ。」

「それは悪かったね。まぁとにかく、アイツらを見守ってやるとするか。」

「そうだね。あの2人に待ち受けてるのが何か。また2人がどうするのか。気になるところだね。」

 凪と庵は舞衣と祐一の行方を見守ることにした。悲劇の中を歩く舞衣HIMEの未来を2人とも気にかけていた。

 

 一途な想いを胸に秘めて、舞衣と祐一はこの荒んだ世界を歩き出した。

「ねぇ、祐一・・・?」

「ん?」

「これからどうするの・・?」

 舞衣が戸惑いを見せながら祐一に訊ねる。すると祐一はぶっきらぼうに考える素振りを見せて、

「んん〜・・分かんねぇ。まぁ・・」

「なるようになるか。」

 微笑む2人の声が重なる。そして再び前を見つめて歩いていく。

 この先に何があるのか分からない。それでもこの想いを大事にして戦い生きていきたい。

 それが舞衣と祐一の一途な願いだった。

「そういえば・・まだ、だったよな・・?」

「えっ・・?」

 照れる祐一に舞衣が生返事をする。

「えっと・・その・・何だ・・・」

 緊張のあまりになかなか切り出せないでいる祐一。何を言おうとしているのか悟って、舞衣は微笑んだ。

「いいよ、祐一・・・」

「舞衣・・・」

 互いを見つめあい、優しく抱き合って顔を近づける。そして2人は唇を重ねる。

 2人の想いが心の中を通い合い、気持ちが最高潮に高まる。

 舞衣と祐一。2人の愛を、夜空の星と満月の輝きが照らしていた。

 

 

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