GUNDAM WAR -Shine of Mebius-

PHASE-17「孤独の旅路」

 

 

 戦渦に巻き込まれ、その爪跡が刻まれた街。その真っ只中で、1人の少女が座り込んでいた。

 少女は冷たい眼差しで前をじっと見つめていた。眼の前の悲劇の光景を見つめても、彼女は涙を流してはいなかった。涙が枯れ果ててしまったといったほうがいいだろう。

 少女はその場に座り込んだまま、この悲劇から眼を離そうとしなかった。

 少女はこの戦争で家族を失い、絶望感に打ちひしがれていた。その暗闇と孤独から脱することができず、少女はまさに生きながら死んでいる状態だった。

 そんな少女に1人の男が近づいてきた。しかし少女はそのことを気に留めず、動こうとしなかった。

 ただ通り過ぎていくだけだろう。少女は心の中でそう呟いていた。

 ところが男は少女に向けて手を差し伸べてきた。しかし少女はそれでも動こうとしない。

「大丈夫かい?ケガはないかい?」

 男が少女に優しく声をかけてきた。ここで初めて、少女は顔を上げて男に眼を向けた。

「大変だったけど、今は元気を取り戻したほうがいい。食べて寝て、これからの人生を歩んでいくんだ。」

「そうすることに意味はないよ・・私には家族がいない・・お父様もお母様も、みんな死んじゃったんだから・・・」

 励ましの言葉をかけてくる男に、少女は内に秘めていた悲しみを口にする。

「もう私には何もない・・・何も、ない・・・」

「・・・なら、オレがお前の父さんになってあげるよ・・・」

 絶望に打ちひしがれていたところにかけられた男の言葉。それが少女の心に戸惑いを植えつけた。

「ホント?・・・本当に私のお父様に・・・?」

「あぁ・・そういえば名前を聞いていなかったな。君の名前は?」

「・・ニナ・・・」

「ニナか・・・ニナ、今日から君は私の娘、ニナ・ウォンだ。」

「・・ニナ・ウォン・・・」

 男から新たな名を与えられて、少女はようやく笑顔を取り戻した。

 これがニナとセルゲイの出会いだった。

 

 セルゲイとの邂逅を終えて、ジュンの捜索を再開するニナ。彼女はアリカやユキノたちと連絡を取りつつ、街にやってきていた。

 しかしいくら一国の女王とはいえ、街の群集の中から1人を見つけるのは非常に困難なことだった。

(これだけの数の中から・・・しかし、それでも見つけ出さないと・・・!)

 一途の決意を胸に秘めて、ニナは街の真っ只中に飛び込んだ。マシロの特徴を思い返し、その特徴をした人間を細大漏らさず捜索する。しかし似通ったものでしかなく、本人を見つけるにはいたらなかった。

(マシロさん、いったいどこへ行ってしまったの?・・このままでは、私・・・)

 自分がジュンに対してしたことへの後悔をも抱き始めるニナ。打ちひしがれる気持ちをこらえて、ジュンを追って駆け出した。

 そのとき、ニナは人込みの中からジュンの姿が紛れていることに気づく。

「マシロさん!」

 ニナはとっさにその人影を追って駆け込んでいた。人込みに流されそうになりながらも、彼女はその姿から眼を離さなかった。

 そしてついにニナは、裏路地でその人物に追いついた。

「マシロさん!」

 突然ニナに呼び止められて、その少年が足を止め、驚きを見せてきた。その姿はマシロとは見えず、ニナは当惑を見せる。

「す、すみません・・人違いでした・・・」

 沈痛の面持ちを浮かべて謝罪するニナ。だが彼女の登場に少年は当惑していた。

(ニ、ニナちゃん・・ど、どうしよう・・こんなときに・・・)

 少年、ジュンはニナと鉢合わせになったことにひどく動揺していた。ジュンとしての姿を彼女は知らないのだ。

「あ、あの・・僕は、その・・・」

 どう言葉を返したらいいのか分からず、ジュンがたまらず後ずさりする。その拍子で彼は体勢を崩し、仰向けに倒れる。

「あ、ちょっと・・!」

 ニナがジュンに駆け寄り、手を差し伸べる。するとニナは、ジュンが右手をすりむいていることに気付く。

「いけない!傷が・・!」

 ニナがジュンの左腕を取って肩にかけ、彼を連れて歩き出す。すぐにこの場から離れたいと思っていたジュンだが、ニナの計らいを無碍にできず、このまま彼女に促されるしかなかった。

 

 出撃準備を完了させていたアザトース。ミナミを連れて、イオリはその旗艦へと戻ってきた。

 彼ら2人をスミスが出迎え、小さく一礼する。

「お帰りなさいませ、イオリさん。」

「待たせたな、スミス。ミナミを連れ戻してきたぞ。」

 イオリがスミスに声を返し、艦に入ろうとする。そこでスミスが、沈痛の面持ちを浮かべているミナミに言いかける。

「いただけませんね。あなたという人がこんな不祥事を引き起こしてしまうとは・・」

 スミスに言いとがめられて、ミナミがさらに落ち込む。するとイオリが不敵な笑みを浮かべて弁解を入れる。

「気にするな。別にオレはミナミを責めてはいない。ミナミもミナミなりに反省しているようだし、これ以上追及したところで、オレたちには何の意味もない。」

「そうですか・・ではもう言うのはやめましょう。問題なのは、これからのことなのですから・・」

 イオリの言葉を受け入れて、スミスが頷いた。

「ミナミ、お前も出撃の準備をしておけ。すぐに出撃するぞ。」

「分かりました、イオリさん・・」

 イオリの呼びかけにミナミが答え、そそくさにアザトースへと駆け込んでいく。戦いに赴く彼女を見送って、イオリは不敵な笑みを浮かべていた。

(使える駒は徹底的に使い込む。アイツの気分を悪くして、刃を鈍らせるようなことになれば、オレとしても不便だからな。)

 

 ニナはジュンを連れて、街中の公園に来ていた。その中の手洗い場でハンカチをぬらし、ジュンの右手の傷に当てる。

「くっ・・・!」

「あ、痛かった?・・ごめんなさい、私のせいで・・」

 痛みに顔を歪めるジュンに、ニナが再び謝る。

「う、ううん、謝るのは僕のほうだよ。僕がケガをしなければ、君に迷惑をかけることもなかったのに・・・」

「気にしないで。私があなたをムリに引き止めなければ、こんなことにはならなかったはずだから・・・」

 互いに自分を責めるジュンとニナ。押し寄せた沈黙を先に破ったのはニナだった。

「そういえば自己紹介してなかったわね。私はニナ。ニナ・ウォンよ。あなたは?」

「僕?僕はマ・・ううん、ジュン。よろしくね。」

 互いに自己紹介をするニナとジュン。

「ところであなたは、この街で何をしていたの?」

「僕は・・・家出かな、アハハ・・ちょっと家族としちゃって、たまらず飛び出してきちゃったんだ・・・ニナちゃんは?」

「私は・・・人を探してるの・・・」

 互いに自分のことについて告げるニナとジュン。ニナの言葉を受けて、ジュンが一瞬戸惑いを覚える。その探している相手が自分ではないかと、彼は思っていた。

「私の親友の1人・・・落ち込んでいたところを励まそうとしたけど、彼女、ふさぎ込んでしまって、それでカッとなってしまって、傷つけるようなことを言ってしまって・・・」

「ニナちゃん・・・」

 心境を語るニナに、ジュンが沈痛の面持ちを浮かべる。

「謝りたかった・・いいえ・・どうしても謝らなくちゃならなかった・・・あの人のために、私自身のためにも・・」

 自分を責めるうち、ニナは眼から涙を浮かべていた。その悲痛さを垣間見たジュンが微笑んで言いかける。

「大丈夫だよ、ニナちゃん。ニナちゃんが信じているなら、その人もきっと分かってくれるはずさ・・」

「でも、私はあの人を・・・」

「諦めたら本当に何も変わらない。何も伝わらない・・これは母さんの受け売りなんだけどね・・」

 ジュンがニナに励ましの言葉をかけて微笑む。その言葉にニナは戸惑いを覚える。

「諦めたら何も変わらず、何も伝わらない・・・もう1人の私の友達も、同じようなことをよく言ってる・・」

「アハハ・・・ニナちゃんの友達は、きっといい人ばかりなんだろうね・・」

 安らぎを募らせるニナに、ジュンが安堵しながら声をかける。

「ジュンくんは優しいのね。こんなに優しいなら、あなたのように心ある人が友達になっているでしょうに・・」

「・・・そんなことないよ・・僕は弱かったから、ひとりぼっちだったんだ・・・」

 賞賛するニナに対し、ジュンが物悲しい笑みを浮かべて弁解する。その言葉にニナが眉をひそめる。

「力も弱く勇気もなく、ずっといじめられてたんだ・・でも母さんによく言われてたんだ。“あなたは優しい子”って・・」

「そう・・そんなことが・・・私も、実はひとりぼっちだったんです・・・」

「えっ・・・?」

 ジュンの心境を聞いたニナも小さく言いかけた。その言葉に今度はジュンが戸惑いを見せる。

「実は私、戦争で家族を亡くしているの。何もかも失った私は、焼け跡、悲しみ、憎しみの渦巻いている廃墟の街を見つめているしかった・・・」

 ニナは自分の過去を語りながら、いつも首に下げていたロケットを手に取り、そのふたを開ける。そこには彼女と、1人の男の写真が収められていた。ジュンには見覚えがなかったが、それはニナの父親、セルゲイだった。

「でも彼、セルゲイ・ウォンが私に手を差し伸べてくれたの。もしもあのとき彼が助けてくれなかったら、今の私はなかった・・私は生きていなかった・・・」

(ニナちゃんに、こんなことがあったなんて・・・そのことをもっと早く分かっていれば・・・)

 ニナの過去を知ったジュンが、胸中で呟いていた。後悔と困惑に囚われそうになりながらも、彼は冷静さを保った。

「私と同じ悲しい思いを、絶対に作っちゃいけない・・だから・・」

 ニナは言いかけて、手にしていたロケットを握り締める。

「一刻も早く戦争を失くす。私と同じ人を作らないために・・それが私の願い・・」

「ニナちゃん・・・僕も、みんなが笑顔で笑える日が来ればいいと思う・・・」

 ニナの決意を受けて、ジュンも一途の願いを口にする。その言葉に、ニナも安堵を込めた笑みを見せる。

「ありがとう、ジュンくん。あなたのおかげで、心の中の迷いが消えた気がする・・・」

「いいよ、気にしないで。ニナちゃんが元気になれば、僕はそれでいいよ・・・」

 ニナが感謝の言葉をかけると、ジュンが照れ笑いを浮かべて弁解を入れる。

「それにしても、まるであなた、マシロさん・・・」

「えっ・・・!?

 そのとき、ニナが突然口にした言葉にジュンが驚きを見せる。

「そう・・マシロさんに雰囲気が似てますね・・・でも違いますよね。ジュンくんは男、マシロさんは女性なんですから・・」

「そ、そう・・・まぁ、ありがとうって言っておくよ、アハハハ・・・」

 ニナの言葉を最後まで聞いて、ジュンが安堵し、思わず苦笑いを浮かべた。

 そのとき、街外れのほうから突然轟音が鳴り響き、かすかに地震が起きた。その揺れに揺さぶられながらも、ニナとジュンは踏みとどまる。

 その轟音が鳴り響いたほうに2人は眼を向ける。その方角は、クサナギが降りている場所のあるほうだった。

 

 ジュンの捜索を続けていたクサナギに向けて、アザトースが攻撃を仕掛けてきた。ユキノたちはジュンの捜索を一時中断し、カオスサイドに向けての迎撃を開始した。

「もう、こんなときに攻撃しなくたって!」

 愚痴をこぼしながら、シスカがバルディッシュに搭乗する。アリカもマイスターに乗り込んで、発進準備を行う。

「ユキノさん、早く終わらせて、マシロちゃんを見つけましょう!」

“分かっています。ですが焦りは禁物です。迂闊な行動は逆にこちらを不利に追い込むことになりかねません。”

「ユキノさん・・・大丈夫ですよ。もうワルキューレには負けませんよ!」

 ユキノの注意を受け入れつつ、アリカは意気込みを見せる。彼女の見据えるハッチが開かれ、マイスターが発進位置に着く。

「アリカ・ユメミヤ、マイスター、いきます!」

「シスカ・ヴァザーバーム、バルディッシュ、いきます!」

 アリカのマイスター、シスカのバルディッシュがクサナギから発進する。アザトースから出撃してきたワルキューレたちを、彼女たちが迎え撃つ。

「マイスターは私がやるわ。あなたたちはバルディッシュとクサナギをやりなさい。」

 トモエがフィーナ、スワン、ミナミに呼びかけると、マイスターに向けて飛びかかっていった。

「やれやれね。戦闘の指揮権はフィーナに与えられてるって言うのに・・」

 スワンが呆れた素振りで言いかけると、フィーナが冷静さを崩さずに呼びかける。

「好きにさせておきなさい。放っておけば、邪魔にはならないわ。それよりも私たちは、他の連中を一掃する。スワン、ミナミ、行くわよ。」

「分かったわ、フィーナ。」

「了解しました。」

 フィーナの指示にスワンとミナミが答える。彼女たちの乗るワルキューレたちがクサナギに向かうと、バルディッシュが立ちはだかった。

「ここから先は立ち入り禁止よ!こっちにも事情があるから、さっさと済ませるわよ!」

 シスカがフィーナたちに言い放つと、バルディッシュが巨大戦斧「クレッセント」を構える。ミナミの駆る純白のワルキューレがバルディッシュに向けて飛びかかり、ポールアクスを振り下ろす。

 速さはワルキューレのほうが上と見えていたが、力はバルディッシュが押していた。戦斧の一閃がワルキューレの攻撃を跳ね返し、退ける。

「焦らないで、ミナミ!散開して一気に畳み掛ける!」

「はいっ!」

 フィーナの呼びかけにミナミが答える。3機のワルキューレがバルディッシュを取り囲み、攻撃の出方を伺っていた。

 一方、トモエの乗る漆黒のワルキューレはマイスターに果敢と攻めていた。しかしマイスターの速さとエクスカリバーによって、その攻撃を決定打にすることができないでいた。

「いつまでも逃げてんじゃないわよ!アンタは私が倒すんだから、大人しくしなさいよ!」

 苛立ちをあらわにして、トモエが叫ぶ。それが攻撃の勢いに拍車をかけ、マイスターに襲い掛かる。

「大人しくやられてといわれて、素直にやられるわけないでしょ!」

 アリカも負けじとワルキューレに向けて言い放つ。マイスターとワルキューレがそれぞれの武器を振りかざし、持てる力をぶつけていた。

 

 クサナギに向けた襲撃を察知したニナは、交戦の戦場に向かっていた。彼女の後をジュンも追いかけてきていた。

「あなたは戻りなさい!この先は戦場!クサナギがカオスサイドからの襲撃を受けているのよ!」

「クサナギが!?・・だったらなおさら行かないと!クサナギが襲われてるのに、何もしないなんて・・!」

 ニナの呼びかけを拒んで、ジュンが戦場へと向かう。だがその途中、彼は足を躓いて前のめりに倒れる。

「ジュンくん!」

 その様子に気付いてニナが足を止め、ジュンに振り返る。倒れて顔を歪めているジュンに、ニナが手を差し伸べようとした。

 そのとき、ニナの眼に、ジュンが持っていたバックから出てきたものが飛び込んできた。その衣装とかつらに彼女は眼を疑った。

 そのことに気付き、ジュンも驚愕する。愕然となっているニナが彼に視線を移す。

「あなた・・・!?

 声を震わせるニナに対し、ジュンは眼をそらすことができなかった。ジュンがマシロであることを、彼女は知ったのだった。

 

 

次回予告

 

「あなたがマシロさんだったなんて・・・!?

「最初は言われるままだった。だけど今は、本気でみんなを助けたいと思う・・」

「マシロちゃん!・・よかった・・・」

「きれいごとといわれても、みんなを助けたいんだ!」

 

次回・「白き姫の重責」

 

 

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