GUNDAM WAR -Encounter of Fate-
FINAL PHASE「夢の翼」
城内の黒曜兵の包囲網を突き進み、ユウはアルタイ王城を駆けていた。そしてついに、彼はオメガの制御を執り行っている作戦室に足を踏み入れた。
そこには1人の少年がいた。黒曜の君へと変貌を遂げたタクミ・エルスターである。
「こんなところにいたのか、タクミ・・・」
ユウが息を整えながらタクミに声をかける。するとタクミは無邪気な笑顔をユウに見せてきた。
「ここまで来てしまいましたか、ユウさん。」
「あぁ。オレはお前を姉ちゃんのところに連れて帰るためにここまで来たんだ。」
「それは僕のため?それともお姉ちゃんのため?」
「あと、オレ自身のためでもある。」
ユウのこの言葉にタクミが眉をひそめる。
「オレはアイツを守るって決めた。そのためにはアイツにこれ以上、悲しい思いをさせるわけにはいかない。」
「ユウさん・・・」
「だからタクミ、姉ちゃんのところに帰るんだ。でなきゃ力ずくでも連れ帰る。」
ユウはそう言い放ち、タクミに向けてビームサーベルの切っ先を向ける。するとタクミは呆れるように笑みをこぼす。
「あなたも分からない人ですね。既にタクミ・エルスターはこの世界にいない。」
タクミは笑みを消し、鋭い視線をユウに向けながらビームサーベルの刀身を出現させる。その光刃は暗闇の君にふさわしい漆黒に彩られていた。
「私は、“黒曜の君”だよ・・・」
「ホントにそうなのかよ・・・あんまり姉ちゃんを悲しませるなよ・・・」
冷淡な笑みを見せるタクミを見て、ユウが物悲しい笑みを浮かべる。互いに剣を構え、戦いに備える。
できることならタクミとは戦いたくはない。それがユウの本心だった。
シディアとの攻防を繰り広げていたジーザス。ジーザスの砲撃とミドリたちの強い意思の前に、シディアは次第に追いつめられつつあった。
「こ、このままでは済まさんぞ・・・タンホイザー用意!目標、ジーザス!」
業を煮やした艦長は、ジーザスに向けてエネルギー砲の発射準備を下す。艦体から現れた銃砲の銃口からエネルギーが収束し、ジーザスに狙いを定める。
これに気付いていたジーザスも、反撃の手立てに出ていた。
「艦長、シディア、主砲を発射する模様です!」
「分かったわ。こっちも迎え撃つわよ。ローエングリン用意!」
アオイの報告にミドリが指示を送る。ジーザスもエネルギー砲の発射準備を行った。
「ってぇ!」
シディア艦長とミドリの声が重なる。2機の戦艦の主砲が同時に放たれ、激しい衝突を引き起こす。
「このままでは相殺するまでにエネルギーが持ちません!」
ジーザスのエンジンを監視していたチエがミドリに呼びかける。
「どうせエネルギーの全部を使うなら・・・出力を全開にして!一気に決めるわよ!」
「了解しました!」
ミドリの指示を受けて、チエが主砲の出力を最大限に引き上げる。ジーザスの主砲からさらなるエネルギーが噴出し、シディアの主砲を押し返す。
「バ、バカな・・!」
ジーザスの力に押し負けて、シディアがジーザスの砲撃に貫かれる。艦体のいたるところから炎が湧き上がり、ダークサイドの旗艦は爆散した。
「や、やった・・・」
消え行く閃光を見つめるアオイが呆然と呟く。
「ふぅ・・これでダークサイドの旗艦は落とせたわね・・・でも、こっちもエネルギー切れで、しばらく動けないんだけどねぇ・・・」
ミドリが安堵の吐息をついて席に腰を下ろす。
(マイちゃん、ナツキちゃん、後は任せたわよ・・・)
マイたちに全てを任せ、ミドリはこの場で待機することを決めた。そこへ思いつめた面持ちのミコトがやってきた。
「どうしたの、ミコトちゃん?」
「私もマイと一緒に戦いたい。私を行かせてくれ!」
「ミコトちゃん・・気持ちは分かるけど、今このジーザスに残ってるのはザク1機だけ。いくらミコトちゃんの力がすごくても、ザクの性能じゃこの戦いを切り抜けることもできないわよ・・」
「それでも私は、マイを助けたいんだ・・・!」
真剣にマイを助けたいという気持ちを伝えるミコト。彼女の決意と想いを受けて、ミドリは小さく頷いた。
「危なくなったら、すぐに引き返せるって約束できる?」
「うん。」
ミドリの忠告にも、ミコトは表情を変えずに頷く。
「分かったわ・・チエちゃん、ザクを1機発進準備させて。」
「了解しました。ミコトちゃん、気をつけるんだよ。」
ミドリの指示に、2人のやり取りを聞いていたチエが答える。ミコトはミドリとチエに笑顔を見せると、きびすを返して作戦室を飛び出していった。
アリカをかばってヴェスティージの刃によって命を落としたエルスティン。彼女の死にアリカは悲痛さをあらわにして涙をこぼしていた。
「エルスちゃん・・ゴメン・・・私がもっとしっかりしていたら・・・」
打ちひしがれるアリカが、エルスティンを死に追いやった自分の無力さを呪っていた。
「さて、次は誰を始末してやろうか?」
ハイネがカグツチたちを見渡して、不敵な笑みを浮かべる。
「エルス・・お前の思い、絶対にムダにはしない!」
激情に駆られたニナがヴェスティージを見据える。パールがビームブレイドを発動させて、ヴェスティージに攻撃を仕掛ける。
「甘いんだよ!」
ハイネは言い放ち、ヴェスティージもビームブレイドを展開してパールを迎撃する。攻を焦ったパールの右脇を、ヴェスティージの黒い光刃が裂く。
「ぐっ!」
二ナがその衝動でうめき声を上げ、後退するパールが損傷を被る。
(これでは素早くは動けない・・私はここまでか・・・)
「ニナちゃん、後は私たちに任せて。」
毒づくニナに向けて、アリカが呼びかけてきた。エクスカリバーを取り戻したマイスターが飛翔し、パールに近寄った。
「アリカ・・ゴメンなさい・・」
「気にしないで、ニナちゃん。あれは私たちが止めてみせるから。」
落ち込みそうになるニナを、アリカはモニター越しに笑顔を見せて答える。そしてパールを安全な場所に連れて行くと、マイスターは戦いへと復帰していった。
その頃、ヴェスティージはカグツチ、デュランに向けてドラグーンを放っていた。デュランはその乱れ飛ぶ砲撃をかわし、カグツチもドラグーンを展開して応戦する。
「なかなかの慣性を持っているようだな!だがな、オレは今までのオレとは違うんだよ!」
いきり立つハイネが攻撃の手立てを次々と練り上げる。ドラグーンとの攻防に全力を注いでいるカグツチに向けて、ヴェスティージがビームブーメランを放つ。
その攻撃に気付いたマイは、ビームブーメランの1本をかわすが、もう1本がカグツチの左翼の先端を削った。その反動でカグツチがかすかに体勢を崩す。ハイネはその動きを見逃してはいなかった。
対艦刀を振りかざし、ヴェスティージがカグツチに向かって飛び込む。
「もらったぁっ!」
「マイ!」
勝ちを確信するハイネ。必死に攻撃を加えようとするナツキだが、カグツチがヴェスティージの攻撃を受けるより先に砲撃することができない。
そのとき、ヴェスティージに向かって1機の機影が飛び込み突進してきた。
「何ぃっ!?」
突然の攻撃にハイネがうめく。マイとナツキが視線を向けると、ジーザスに収納されていた1機のザクがいた。
「ザク・・!?」
ナツキがザクの乱入に驚きを見せる。
“マイー!助けに来たぞー!”
突如、マイとナツキの耳に通信からミコトの声が響いてきた。
「ミコト!?どうしてあなたが!?」
“私はマイを守りたい。だから私はここに来た。”
同様に驚くマイに、ミコトの真剣な声が届く。
「それでミコト、ジーザスのほうは大丈夫なの?」
“うん。シディアをやっつけて、アルタイの上で待っているぞ。”
マイの言葉にミコトは微笑んで答える。
そのとき、ミコトの搭乗しているザクに、ヴェスティージがビームサーベルを振りかざして飛び込んできた。ミコトはとっさにビームライフルで応戦するが、機体の性能の差が明らかといわんばかりに、ヴェスティージはそれをザクの腕ごとなぎ払ってしまった。
「うわっ!」
痛烈な攻撃にザクが落下し、ミコトがうめき声を上げる。
「ミコト!」
マイが落下するミコトに叫ぶ。そんなザクを、駆けつけたマイスターが支える。
「大丈夫!?しっかりして!」
アリカの呼びかけを受けて、ミコトがもうろうとしていた意識を確立させる。
「うん・・私は平気だ・・」
ミコトはアリカの声に答え、ザクがマイスターに支えられてゆっくりと地上に降り立った。
一方、ユウとタクミはビームサーベルによる打ち合いを繰り広げていた。戦況は互いに一進一退。光刃の衝突が、きらびやかに火花を散らしていた。
「けっこうやるじゃないか。病気だったヤツだとは到底思えねぇなぁ・・」
間合いを取ったユウが苦笑を浮かべる。しかし彼は全く気おされていない。
「何度も言わせないでほしい。私は黒曜の君だと。」
「いいや。そこにいるのは間違いなくタクミ・エルスター。アイツの弟だ。その姿かたち、間違いなくタクミだ。」
あざ笑うタクミに対し、ユウはあくまで不敵な笑みを崩さない。
「本当に私をタクミだと思うなら、それでもいい。だが問題はそんな些細なことではない。」
タクミがビームサーベルを高らかと天井へと向ける。
「君も少なからず理解し体験しているはずだ。この世界がいかに矛盾で理不尽なのかを。」
「理不尽・・・」
「長きに渡る光と闇の戦い。それはエレメンタルテクノロジーという古代科学、ひとつの力が発端となった。人間はその強大な力に魅入られ、それを自分のものにしようと他者を手にかけ、血で血を洗う争いを繰り返してきた。そのことはレイト・バレルの口からも聞かされているだろう?」
「あぁ・・・」
「人間は力の虜となり、無意味な争いを続けてきた。それはどれほどの犠牲や時間を費やしても変わってはいない。それはライトサイドとダークサイドの戦いを見ても明らかだ。そしてその運命の連鎖は、これからも変わることはないだろう。ここで私を倒し、ヴェスティージを倒し、オメガを破壊しても、力に魅入られた者がまた新たな火種を生むだろう。いくら君たちが全力を注いでも、この運命の連鎖は変えられない。」
タクミは不気味な笑みを浮かべて、ユウにビームサーベルの切っ先を向ける。しばしの沈黙を置いてから、ユウは吐息をひとつもらした。
「確かにそうかもしれないな・・けどな、そんなもんは考え方ひとつで、気構えひとつでどうにでもなっちまうもんなんだよ。」
ユウの言葉にタクミが眉をひそめる。
「確かに力ってのはいいかもしれねぇ。オレも昔はそんな力に憧れてたこともあった。もっと力があったらってな。けど問題なのはそんな力じゃなく、力に溺れちまう人間の弱さなんじゃねぇかな。」
「何を言って・・」
笑みを消したタクミが初めて動揺を見せる。
「人間ってのは強くも弱くもあって、どっちでもねぇ。心に強さと弱さ、光と闇が一緒にある。だから心のあり方で、お前の言う運命の連鎖を断ち切れるんじゃねぇかってオレは思う。」
「仮に君たちが力に負けない強さを持ったとしても、世界の全ての人がその強さを持てるとは限らない。」
悠然さと取り戻すタクミだが、ユウは全く迷いを見せない。
「言っただろ?オレたちは強くもあって弱くもあるって。オレやオレの周りにいる強い連中が、強さを分けてやればいいんだよ。オレもマイもみんな、強さを分け合ってここまで来たんだ!」
決意の叫びを上げて、ユウがビームサーベルを突き出す。タクミもこれを迎え撃つべく、光刃を振りかざす。
2つの光刃がぶつかり再び火花を散らすが、ユウはタクミのビームサーベルを弾き飛ばす。
「なっ・・!?」
タクミが眼前の出来事に愕然となる。ユウに弾かれたビームサーベルの柄が、半壊した壁から外へと投げ出された。
そしてユウは発射間近となっていたオメガの銃砲に向けて、ビームサーベルを放つ。光刃が銃砲に突き刺さり、収束されたエネルギーの暴発を引き起こして爆発する。
「オレたちはこんな物騒なもんに頼らなくても、強く生きていくことができるんだ。お前だって、病気と必死になって戦ってきたんだろ?」
その場に座り込むタクミに、ユウが気さくな笑みを見せる。はじめは絶望感を漂わせていたタクミだが、次第に動揺を和らげていった。
完全と立ちはだかるヴェスティージの前に、カグツチ、デュラン、マイスターが並ぶ。
「ナツキ、アリカちゃん、みんなのために絶対に負けられない。でもあたしたちには、みんなから分けてもらった強さがある。」
「あぁ。」
「そうですね。」
マイの言葉にナツキとアリカが頷く。3人は対艦刀を構えるヴェスティージを見つめる。
(大切なものを守るため・・)
(平和と夢のため・・)
(心から望む世界のため・・)
「絶対負けられない!」
それぞれの決意を秘めるナツキ、アリカ、マイ。デュランが4つの銃砲に違う種類のエネルギー体を装てんし、カグツチ、マイスターがビームサーベルを構えて飛びかかる。
ヴェスティージが2機の攻撃を飛翔してかわす。そこへナツキが狙いを定める。
「チャージダイヤモンドマテリア!」
氷、炎、雷、光の2種のエネルギーを帯びたビームが、ヴェスティージに向けて放たれる。
「そんなもので!」
それをヴェスティージが胸部からのビーム砲で迎え撃つ。しかしあらゆる種類のエネルギーをまとったデュランの砲撃が、ヴェスティージの光線をはね返し、右手に持っていた対艦刀の刀身を叩き折る。
これに対し、ヴェスティージがドラグーンでデュランに集中砲火を浴びせる。デュランの4つの銃身のうち3つが射抜かれる。
「ぐっ!」
「ナツキ!」
うめくナツキに呼びかけるマイ。しかしすぐに視線をヴェスティージに戻す。
大剣を失ったヴェスティージに、マイスターがエクスカリバーで攻め立てる。そこへカグツチが両腰、両肩のレール砲を発射し、ヴェスティージの左翼を射抜く。
「ぐっ!このぉっ!」
次第に焦りを見せるハイネが、ドラグーンによる縦横無尽の砲撃を目論む。乱れ飛びビームを、素早い身のこなしでかわしていくカグツチとマイスター。
ハイネの焦りが次第に追い込まれてのものへと変わっていく。最大級の機動力と武装を施したヴェスティージが、2機のMSに劣勢に陥っていることにハイネは動揺していたのだ。
「こんなところで・・こんなところで倒されてたまるか!」
憤慨したハイネの感情を受けるように、ヴェスティージがレール砲をカグツチ、マイスターに向けて発射する。
その傍らで、ナツキがキーボードを叩いていた。
(これが最後の1発になりそうだ。母さん、シズル、キョウジ、力を貸してくれ・・・!)
ナツキの思いを受けて、デュランが残された最後の銃身を構える。
「チャージシルバーマテリア!」
ナツキの叫びとともに、デュランが砲撃を発射する。解き放たれた氷の刃が、ヴェスティージの砲撃を阻んだ。
「何ぃっ!?」
最後の力を振り絞ったデュランの砲撃に驚愕するハイネ。閃光が消え、カグツチが双刀のビームサーベルを、マイスターがエクスカリバーを構えていた。
「行きましょう、マイさん。」
「うん。」
アリカの声にマイは頷く。カグツチとマイスターがそれぞれの剣を手に、ヴェスティージに向けて飛び出した。
ヴェスティージがドラグーンで応戦し、2機の接近を阻む。ところがカグツチもマイスターもその砲撃に構うことなく飛び込んでいく。
縦横無尽の砲撃で、カグツチとマイスターの胴体が削られていく。それでも2機はスピードを緩めない。
迷いのないカグツチとマイスターの剣が、ヴェスティージの胴体を貫いた。
「バ・・バカな・・・!」
2機の攻撃の衝撃にあえぐハイネ。2つの刃に貫かれたヴェスティージが、落下しながら爆発を引き起こす。
その反動で吹き飛ばされるカグツチとマイスター。満身創痍の胴体で、2機は何とか体勢を立て直す。
「大丈夫か、マイ、アリカ!?」
ヴェスティージの爆発に耐えながら、ナツキが呼びかける。するとマイとアリカがモニター越しに笑顔を見せて頷いてきた。
屈強のヴェスティージを倒し、マイ、アリカ、アカネが安堵の吐息をつき、ナツキとニナも笑顔をこぼしていた。しかしマイはすぐに真剣な面持ちに戻り、アルタイ王城を見下ろす。
「ナツキ、アリカちゃん、先に戻ってて。あたしはユウを連れて戻るから。」
「マイ・・・分かった。だが城の中には黒曜兵もいるかもしれない。気をつけろ。」
ナツキの忠告を受けて、マイは頷く。そしてカグツチは単身、アルタイ王城へと降下していく。
「アリカ、私たちはジーザスとクサナギに戻るぞ。アカネを補助してやってくれ。」
降りていくマイを見つめていたアリカに向けて、ナツキが呼びかける。しかしアリカは素直に頷けないでいた。
「マイとユウなら大丈夫だ。私たちはニナとアカネを無事に帰還させてやるんだ・・・」
「分かってはいるんですが・・・エルスちゃんのこと・・・」
アリカはエルスティンに対して沈痛さを感じていた。エルスティンはアリカをかばって命を落とした。彼女の死にアリカは悔やんでいたのだ。
「お前もニナも、エルスティンのために十分戦った。だからここは戻るんだ・・・」
「・・はい・・・」
ナツキの言葉にアリカは渋々頷いた。ニナとアカネは彼女たちに支えられて、クサナギへと戻っていった。
アルタイ王城の前に着地したカグツチ。半壊した城の壁と天井から、マイはユウとタクミの姿を確認した。
「ユウ、タクミ・・」
マイはカグツチのコックピットのハッチを開いた。そして呆然と立ち尽くしているユウと、その場に座り込んでいるタクミの前に立つ。
「マイ・・」
ユウがマイに気付いて振り返る。マイは彼とタクミの姿を見て少し困惑していた。
「タクミ、一緒に帰ろう・・これからみんなと、楽しいことしよう・・・」
マイが笑顔を見せてタクミに手を差し伸べる。しかしタクミはその手を取ろうとはしない。
「ありがとう、お姉ちゃん・・でも、お姉ちゃんが望んでいる世界には、僕は存在していない・・」
「タクミ・・・!?」
小さな笑みを見せるタクミの言葉の意味が分からず、マイが再び困惑する。
「お姉ちゃんは、お姉ちゃんの道を選んだ。僕も、アキラくんを選んだからね・・でも、僕は黒曜の君に負けて、アキラくんを殺めてしまった・・・僕にはもう、これからを生きていく資格はないんです・・・」
タクミの弱気な言葉に、マイが否定し、ユウが言い返そうとするが、タクミは構わずに続けた。
「もちろん、そんな資格なんて関係ないって分かってる。お姉ちゃんやユウさんだけじゃない。アキラくんもきっとこういうと思う・・・だけど、僕はみんなのためを思って、僕自身の道を歩くよ・・・」
タクミは笑顔を見せて、ゆっくりとマイとユウから離れていく。いつも見せていた幼くも優しい笑顔だとマイは確信していた。
「ありがとう、お姉ちゃん・・ユウさんやみんなと、幸せにね・・・」
「タクミ、何を・・・!?」
タクミの言動にマイはたまらず駆け出した。彼女の眼の前で、タクミが背後のコンピューターのあるスイッチを押した。
それは、オメガの銃身とこの部屋のコンピューターの自爆スイッチだった。
部屋の中やオメガの銃砲から爆発が起こり、マイたちとタクミの間に割って入る。
「タクミ!」
マイが燃え上がる炎の先にいるタクミに駆け寄ろうとするが、危険を察したユウに止められる。
「ダメだ、マイ!お前まで危険に・・!」
「放して、ユウ!タクミが、タクミが!」
必死にユウを振り払おうとするマイだが、そのまま彼に引き戻されていく。彼女の手からタクミが遠ざかっていく。
「ありがとう・・お姉ちゃん・・・」
タクミの笑顔が、広がっていく炎の中に消えていった。ユウに支えられながら、マイはカグツチに乗り込み、アルタイ王城を後にした。
(タクミ、ゴメンなさい・・・あたしたちはこれからを精一杯生きるから・・タクミの分まで・・・)
タクミの死を悲しみながらも、マイは改めて決意を心に留めた。彼女とユウを乗せたカグツチは、このままジーザスへと帰還していった。
こうして、ダークサイドは事実上壊滅し、長きに渡った光と闇の戦いに終止符が打たれた。そしてライトサイドとオーブの間で、改めて平和協定が結ばれ、さらなる結束が築き上げられた。
また新たな暗黒面(ダークサイド)が現れ、世界を脅かすかもしれない。それに対して、両国の軍は犯罪や戦争を防止する警護の任務を兼ねることとなった。
エレメンタルガンダム、及びそれに準ずるMSは全て、ライトサイド、オーブの奥底へと封印された。新たな戦いが起こらない限り、もう2度とその力を現すことはないだろう。
そして、少女たちはそれぞれの道を歩き出していた。
シズル、ハルカの意思を受け継いだユキノが、このままオーブの党首として先導に立つこととなった。そのオーブ軍の指揮と指導の任を、アカネ、アリカ、ニナが請け負うこととなった。ところが、アカネはカズヤとの恋愛を続けていること、アリカが時折失敗を見せることは相変わらずであり、ニナもセルゲイとの生活を行っていた。
一方、水晶の姫、マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルムを失ったライトサイドは、あえて党首といった代表者を決めず、全員が一致協力して平和への安定を築くこととなった。
しかし念のための指揮官が必要ということも事実であり、その緊急時の指揮官を、ナツキとミドリが請け負うこととなった。「正義の味方の血が燃えるぅ〜!」と意気込むミドリに、ナツキもヨウコも呆れるばかりだった。
そしてユウは、意識を取り戻して退院を果たしたシホを、ヴィントブルム内の新しい家に預けると、自分も星光軍へと戻っていった。彼はマイがどこに行ったのか、気になっていた。
オメガ破壊の任務を負え、ライトサイドへと帰還した後、マイは星光軍を抜けてどこかへと行ってしまった。行き先、目的、一切のことをユウ、ナツキ、アリカ、ミドリは聞かされてはいない。
タクミの死を悔やんでいるのだろうか。それとも自分の望む世界を見つけに旅立ったのだろうか。
彼らの中にそんな疑問を胸に秘めたまま、1ヶ月の月日が流れた。
ある日、ナツキ、アリカ、ユウ、ミドリに一通の連絡が入った。それはマイからのものだった。
ジーザス、クサナギのメンバーを全員ある場所に集めてほしいというものだった。
マイに久しぶりに会える喜びを振りまいたり、安堵を覚えたりと、ユウたちの反応は様々だった。彼らはマイが指定した場所へと赴くことにした。
だが、ナツキ、アリカ、ニナ、ユウ、シホはその場所に向かう途中、寄り道をしていた。そこは、教会の隣にある墓地だった。
ライトサイド、ダークサイド、オーブ、シアーズ。国を分け隔てることなく、戦いで命を落とした者たちが埋葬されていた。アリッサ、ミユ、ハルカ、ナオ、サエ、マシロ、フミ、ユカリコ、アキラ、サクヤ、キョウジ、シズル、そしてタクミ。
大切なもの、重いと夢の欠片がここに集まっている。悲しみと強さを、ここで誓いを立てて噛み締めるユウ、ナツキ、アリカ。
「さて、そろそろマイのところに向かうとするか。」
「あぁ。」
「でも、どこに呼び出したんでしょうか、マイさんは?」
立ち上がるユウの声にナツキが頷き、アリカが逆に聞き返す。するとユウは吐息をひとつついて、
「さぁなぁ。オレも詳しくは聞いてねぇ。まぁ、行けば分かるだろ。」
「私はどこでもいいぞ!久しぶりにマイに会えるなら!」
気楽に答えるユウの横で、ミコトが満面の笑顔を浮かべて歓喜に湧いていた。マイに会えることを心から喜んでいるのだ。
「ハハ。久しぶりに会うからって、アイツを困らせるなよ。」
「私はマイに迷惑をかけないぞー!」
「それはどうかな?マイを見つけるや、すぐに飛びついて胸に顔をうずめるかもしれないな。」
意気込んだところでナツキにからかわれ、ミコトは言葉を返せなくなる。
「す、少しは迷惑をかけるかもしれない・・・だがそれでも私はマイが好きだ!マイの胸はいいぞー!大きくて柔らかくて、ぷにぷにのふにふになんだー!」
ミコトがあられもないようなことを言うと、ユウが赤面して呆然となる。それを見かねたシホがムッとなる。
「お兄ちゃん!いやらしいこと考えてるでしょ!?」
「バ、バカ言ってんじゃねぇよ!と、と、とっとと行くぞ!」
シホの抗議に対し、ユウはしどろもどろになりながら歩き出す。その姿を見て苦笑しながら、ナツキとアリカも彼に続いた。
(母さん、サクヤ、シズル、キョウジ、また、会いに来るから・・・)
(エルスちゃん、私、夢と平和のために精一杯頑張るから、見守っていて・・・)
心の支えとなっていた人たちに、心の中で呼びかけるナツキとアリカ。彼らとの思い出を胸に、2人は強く生きていくことを改めて誓った。
一方、ミドリ、チエ、アオイ、ヨウコ、ユキノ、イリーナ、アカネ、カズヤ、セルゲイは、マイに呼び出された場所の前に到着していた。そこは新築された店のようだったが、ドアには「準備中」というプレートがかかっていた。
それを受けてか、ミドリたちは店の前で待つことにした。するとユウたちがやってくるのが見えてきた。
「おっ、やっとご到着ですか。」
「もう、遅いよ〜!待ちくたびれちゃったよ〜!」
ミドリが笑みをこぼす横で、アオイがふくれっ面で抗議の声を上げる。
「いやぁ、ワリィ、ワリィ。ちょっとけじめをつけてきたところなんだ。それにしても、何で店の外で待ってるんですか?先に入ってても・・」
「久しぶりにマイちゃんに会うんですから。全員で押しかけたほうがいいと思って。」
気さくに語りかけるユウに、ユキノが微笑んで答える。
「けどいつまでもここにいるから、アイツ、気付いてるんじゃないんですか?」
「アハハ、そうかもしれないね。」
ユウが言うと、チエが苦笑しながら同意する。
「それでは、みんなで押しかけちゃいましょうか。」
イリーナの声に全員が頷く。ミドリが店のドアを2度ノックして空ける。するとその先で、1人の少女が笑顔を見せてきた。
「あ、みんな来たみたいね。」
少女がユウたちの姿を見るや、朗らかに迎える。その姿と声に、ユウたちは懐かしさを感じていた。
「マイー!」
戸惑いの沈黙を破るように、ミコトが喜び勇んでマイに飛びついた。その飛び込みに押されてしりもちをつくマイの胸に、ミコトが顔をうずめてくる。
「マイー!会いたかったぞー、マイー!」
「ち、ちょっと、ミコト・・!?」
周りの反応など気にも留めずにすり寄ってくるミコトに、マイは照れ笑いを見せる。そんなマイの眼に、半ば呆れ気味のユウの姿が飛び込んできた。
「こう見てると、相変わらずって感じに見えるなぁ。」
「残念ね。あたし、マイ・エルスターは今は、一味も二味も違うんだから。」
皮肉めいた言葉を掛け合うと、マイとユウは笑顔を見せた。2人の姿を見て、ナツキ、アリカ、シホやみんなも笑顔を浮かべた。
マイとの再会で賑わいを見せ活気付く店内。その外では、その様子をうかがって笑みをこぼしている1人の少年がいた。
黒曜の君に仕えていたアルタイの王子、ナギである。
「やれやれ。みんなマイちゃんと久しぶりに会えて大盛り上がりになってるね。」
ナギが1人、苦笑を浮かべながら語りだす。
「ダークサイドは滅んで、世界は平和協定が結ばれた。僕も一国の王子ではなく、ただの傍観者・・また新たな火種がまかれるかもしれないけど、マイちゃんたちなら大丈夫かな。」
ナギはきびすを返し、店に背を向ける。
「僕もこの光と闇の戦いを見てきたけど、ようやく答えを見つけてくれたって気がするよ。」
独り言を呟きながら、ナギは歩き出す。
「本当は僕も混ざりたいところなんだけど、退散させてもらうよ。ニナちゃんと幸せになっているセルゲイにも悪いし・・・さよなら、マイちゃん。またどっかで会えるといいな・・・」
立ち去っていくナギは、完全に姿を消した。それ以後、彼の姿を見た者は誰もいない。
マイは自分の望む世界の中にいた。ユウ、ナツキ、アリカ、たくさんの人々のいる場所で幸せを分かち合い、彼女は満足していた。
タクミとの思いを背に受け、マイは自分の店を受け持って自分の道を歩んでいた。みんなの想いと支えがあったからこそ、今の自分があるのだと、彼女は思っていた。
彼女は今、自分のあるがままに強く生きているのだ。
「それではマイ・エルスター、いきます!」
店内ではカラオケが始まり、マイがマイクを片手に壇上に立つ。その盛り上がりにナツキ、ユウらが微笑み、アリカ、ミコトらが大喜びを見せる。
このひと時が、彼女たちの望む世界の集大成。言葉、静寂、夢の翼の集まる場所なのだ・・・