GUNDAM WAR -Encounter of Fate-
PHASE-05「白き姫、黒き君」
ライトサイドの兵士として、戦う決意をしたマイ。彼女はミコトとともに、ミドリにジーザスの艦内を案内されていた。
その整備ドックでは、数人の女性クルーたちが、1人の整備士に集まってきていた。
「チエさん、いつも凛々しくて素敵ですね。」
「整備士にしておくにはもったいないかも。」
「今度、パイロットのシュミレーションをやってみてください。」
女性クルーたちが憧れの眼差しを向けながらその整備士に話しかける。
「いつか時間が空いたらチャレンジさせてもらおうかな。」
整備士が笑みを変えずに、彼女たちに応対している。
チエ・ハラード。ジーザスの整備主任を任されている。少年のような性格と容姿から、ライトサイドの中では女性たちの憧れの的となっていた。
「ミドリちゃん、あれって・・?」
「あれ?あぁ、チエちゃんのことね。彼女、男の子みたいな感じだから、ここの女の子たちが寄ってきちゃって。」
マイの問いかけにミドリがチエたちを指差しながら答える。すると2人に気付いたチエが、女性クルーたちをすり抜けて寄ってきた。
「艦長、MS、エレメンタルガンダムの整備、完了しています。もちろん、ガクテンオーも準備万端ですよ。」
チエがミドリに淡々とした口調で声をかけると、隣のマイに眼を向ける。
「見かけない顔だね。もしかして新入りさんかい?」
「えっ?はい、まぁ・・」
チエの声に、マイは半ば緊張気味に答える。するとチエがマイを頭から足元へ順に見ていく。
「うーん・・多分、艦長の推薦のようだけど、あんまりムチャしないことだね。張り切りすぎても、逆に失敗することもあるからね。」
「はい。肝に銘じておきます・・」
チエを前にして緊張したままのマイ。彼女の様子を前にして、チエが満面の笑みを浮かべる。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。僕は気楽にやったほうがいいと思ってるから。」
チエにそう言われて、マイは少し緊張が和らいだような心地を覚えた。
「チーエーちゃーん!」
そんな2人に明るい声がかかってきた。振り返ると長髪の少女がチエに向かって飛び込んできた。
「えっ!?う、うわっ!」
ここで初めてチエが慌しい様子を見せる。飛び込んできた少女に抱きつかれる形で、その勢いのまま倒れ込む。
「チエちゃーん、やっとヨウコさんの診察から解放されたよ〜・・・」
「おいおい、そろそろ離れてもらえるかな、アオイ?」
抱きついてきた少女、アオイにチエが困り顔を見せる。チエに言われて、アオイがようやく彼女からはなれて立ち上がる。
アオイ・セノー。ジーザスの通信管制担当で、チエの親友である。元気で明るい性格と振る舞いだが、チエはそれに時々振り回されることがある。
「あっ!あなたがジーザスの新しいパイロットだね?私、アオイ・セノー。こっちはチエ・ハラード。」
アオイがマイにも笑顔を振りまいて、自分とチエを紹介する。
「あたしはマイ・エルスター。よろしくね、チエさん、アオイちゃん。」
「僕のことも“チエちゃん”でいいよ。あまり尊敬されるようなこと、してるわけじゃないし。」
マイの自己紹介に、チエとアオイも笑みで答える。これから赴くことになる戦いの中で、彼女たちは新しい友情を得るのだった。
それからマイとミコトはミドリに連れられて、ジーザス内の医務室を訪れた。とりあえずは身体検査を受けておいたほうがいいというミドリの考えからだった。
医務室には白衣を羽織った大人の女性がいた。ヨウコ・ヘレネ。ミドリのかつての級友である。
「ヨウコー、ちょっといい?」
ミドリが気さくな態度で声をかけると、ヨウコは呆れた面持ちで振り返ってくる。
「何よ、ミドリ?借金ならもうお断りよ。」
「あ、いや、そういうことじゃなくてさ・・・」
ヨウコの言葉に苦笑いを浮かべるミドリ。ミドリの視線につられて、ヨウコがマイに眼を向ける。
「見かけない子ね。でも、いろいろ苦労をしてきてるわね。」
「えっ?分かるんですか?」
マイが驚きを見せると、ヨウコは微笑んで頷いた。
「これでもこの艦の医療担当よ。人を見る眼は確かだと自負しておくわ。」
マイの生い立ちを大まか見抜いてみせたヨウコ。マイは小さく笑みをこぼして、自分に関することを話し始めた。
幼い頃に両親を亡くしたこと。弟が1人いて、今は病院で療養を受けていること。その費用の支払いのために、日々仕事やバイトに明け暮れていたこと。
包み隠そうとせず、マイは自分のことをできる限り明かした。それをヨウコは親身になって聞いていた。
「なるほどね。タクミくんのために、一生懸命にやってきたわけね。」
「はい。頑張ってお金を稼いで、タクミを元気にしてあげたいんです。でも、それだけじゃあの子を守れないって分かったんです。」
「それで星光軍で戦おうというのね・・分かったわ。以前にヴィントブルムの病棟で医療をやっていたことがあるから、タクミくんと連絡が取れるように頼んでみるわ。」
「・・あ、ありがとうございます!」
ヨウコの気遣いにマイが満面の笑顔を見せて一礼する。その感謝に微笑むも、ヨウコはすぐに真剣な面持ちに戻る。
「でも、あなたは軍の訓練も高度な機械を操作したこともないのよね?」
機能に比例するように操縦の難易度も高いエレメンタルガンダムを動かして見せた技量に関して、ヨウコも疑念を持った。
「もしかしたら、あなたも“エーシェント”かもしれないわね。」
「エーシェント?」
ヨウコの口にした言葉に、マイが疑問符を浮かべる。
「エレメンタルガンダムが、古代人の産物であることは聞いているわね?古代人のほとんどは迫害を受けているけど、その血筋は現在も受け継がれてるわ。」
「それじゃ、あたしにもその血筋が流れているということですか?」
「まだ確証はないけどね。でも突然MSを動かせるようになったり、プログラミングにおいて緻密な入力を発揮したりと、隔世遺伝の表れが見られている出来事や人材は多いわ。」
古代人の科学力とその知識が遺伝的に現代に表れていることが、現代科学者の中で着々と調べられていた。その脅威が現代においても尋常ではないものと彼らは認めざるを得なかった。
その脅威の才能を手に入れようとする人間がいたが、未だにその才能を備えるに至らない。その細胞やDNAを移植して力を得ようとする者もいたが、その力は他人の体では発揮されない独特のものとなっていた。
その古代科学の技量を発揮する人間を、各国の軍の間では「エーシェント」と称していた。
「もしもあなたがエーシェントなら、何の訓練もしないでエレメンタルガンダムを動かせたことに納得がいくのよ。」
「と、言われましても、話が大きすぎて・・・」
話の膨大さについてこれず、マイが困り顔を浮かべる。
「私も興味でエーシェントについて調べてるんだけど・・私自身のことだからね。」
「えっ?ミドリちゃんもそのエーシェントなわけ?」
マイが驚きながら問いかけると、ミドリは突然右手を強く握り締めて天井に向けて掲げる。
「そのとーり!私の愛機は正義の使徒!鋼の牙!ガク・テン・オー!その操縦者は愛と友情と正義を志す美少女、ミドリ・スティールファング、17歳よ!」
「おいおい・・・」
完全に正義の味方気分を堪能しているミドリに、マイもヨウコも呆れ顔で見守るしかなかった。
「とにかく、できることなら詳しく調べてみたいわ。マイさんと、あとミコトさんも。」
「ん?私もか?」
3人の話の間、医療室の中の薬や本を眺めては疑問符を浮かべていたミコト。ヨウコに話を振られて彼女は再び眉をひそめる。
「私は別にケガはしていないが・・それでも調べたいなら私は構わないが・・・」
ミコトの曖昧とも取れる承諾に苦笑を浮かべるも、ヨウコは彼女とマイたちに頷いてみせる。
「ミドリ隊長、たった今、マシロ様がこちらに到着しました。」
そこへアキラが現れ、ミドリに敬礼を送りつつ報告を告げる。
「おっ!分かったわ、アキラくん。すぐに向かうから。」
するとミドリが気さくな態度で頷き、マイとミコトに振り向く。
「マイちゃん、ミコトちゃん、ようやくライトサイドのお姫様のご到着だよ。」
「マシロさんが・・・」
ミドリの真剣さを込めた笑みを見せると、マイが緊張を覚える。
「いろいろまた難しい話を持ちかけられると思うけど、ちょっと付き合ってちょうだいね。」
そういってミドリは医療室を出て行く。ヨウコに感謝の一礼を送って、ミコトを連れてミドリの後を追った。
ジーザスの前で慄然と立つナツキ。他のクルーたちが敬礼をする視線の先には、水色の髪をなびかせた車椅子の少女と、それを押しているピンクの髪のメイド服を身にまとった女性がいた。
マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルム。その幼い姿からは想像できないほど大人びた雰囲気を放っている、ライトサイド現党首。「水晶の姫」の異名を持っている。
フミ・セレス・ヴィントブルム。光と闇の戦いの最中で最寄を亡くしていたところを、マシロを初めとした星光軍に保護される。以後、ヴィントブルムに迎えられた彼女は、マシロに付き添い、その全てを捧げている。
2人がジーザスに到着したと報告を受け、クルーたちが出迎えした。全員が敬礼を送る中で、ナツキだけが鋭い眼つきでマシロたちを見据えていた。
「新しくパイロットが入ったそうですね。上層部との会議の帰りに寄らせていただきました。」
マシロがクルーたちに挨拶を交わす。その横でフミが女神のような笑顔を見せる。しかしナツキの態度に変化はなかった。
「私は彼女を受け入れることを、快く思っていない。ダークサイドとの戦いは、私だけで十分なのだがな。」
「ナツキさん。お気持ちは分かります。ですが・・・」
マシロが笑みを消して沈痛の表情を浮かべる。しかし逆にナツキの感情を逆撫でする。
「私はダークサイドを倒さなければならない!私が戦うのはお前たちライトサイドのためではない。私の復讐のためだ!」
ナツキがマシロに言い放ち、クルーたちの動揺を気に留めずにきびすを返してジーザスに戻ろうとする。そんな彼女の前に、困惑気味のマイがいた。
「ナツキさん、あなた・・・」
マイが囁きかけると、ナツキは剣幕を浮かべて舌打ちし、そのままジーザスに戻ってしまう。
「あなたが、マイ・エルスターですね?はじめまして。」
「マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルムさん・・・」
マシロが改めて微笑みを見せて、戸惑いを見せているマイに挨拶を送る。
「ミドリ・スティールファング艦長から連絡は受けています。あなたもジーザスのパイロットとして戦う道を選んだのですね。」
マシロの言葉を受けて、マイは落ち着きを取り戻す。
「あなたは分かりますか?何の訓練も受けていないあたしがエレメンタルガンダムを動かすことができた、その理由を・・・」
マイの言葉にクルーたちにさらなる動揺が走る。マシロは瞳を伏せて、思いつめるように答える。
「私も全てを知っているわけではありません。ただ、あなたにエーシェントとしての資質が備わっているのは確かなようです。」
「エーシェント・・・」
「古代人は争いの肥大化を恐れて、エレメンタルガンダムを破棄し、エレメンタルテクノロジーを封印しました。ですが、古代人の才能と遺伝子は、現在でも受け継がれています。あなたやナツキさん、ミドリさんのように。」
マシロの語られる言葉に、マイはさらに困惑を浮かべる。
「エーシェントの資質を持ったからといって、戦わなければならないというわけではありません。私たちも、それをあなたたちに強いるつもりはありません。戦いを拒むのでしたら、それでも構いません。」
落ち着きを崩さずに語りかけるマシロ。彼女のあまりにも大人びた雰囲気に、マイはなかなか言葉を返せなかった。
その様子を、ミドリもミコトも固唾を呑んで見守っていた。
ジーザスに先に戻ったナツキ。窓越しから虚空を眺め、苛立ちを押し殺していた。
彼女は自分の過去を思い返していた。母をダークサイドに殺された忌まわしき出来事を。
彼女の母はエレメンタルテクノロジーの研究者だった。しかしある日、母は彼女共々ダークサイドの兵士たちに追われ、母は崖から海に転落した。
海は荒れていて、落ちれば助かる見込みはない。それは幼かったナツキの眼にも明らかだった。
ナツキはそのままダークサイドの兵士に連れ去られたが、その途中で何とか脱出することができた。以来彼女は、ダークサイドに対する復讐のために生きてきたのである。
(母さん、私は母さんを死に追いやったダークサイドを許さない・・・私の手で、私とデュランで・・・)
復讐心にさらなる感情を込めて、ナツキが拳を強く握り締める。母を失った悲しみと、母を奪った暗黒への憎しみが、彼女を駆り立てていた。
そのとき、ジーザス艦内に警報のサイレンが鳴り響いた。ナツキは気持ちを切り替え、自分の駆る機体へと向かっていった。
ジーザス内に響きだしたサイレンに、マイもミドリもマシロたちも緊張を感じる。
「マシロ様、これはまさか・・!?」
「おそらく、ダークサイドが来ているのでしょう・・」
驚くフミにマシロが冷静に答える。そして当惑しているマイに眼を向ける。
「戦いに赴くか、戦いから離れるか・・あなたの進む道を、あなたの意思で選んでください。」
マシロに言いとがめられて、マイはさらなる緊張を覚える。しかし自分のすべきことを思い返して、彼女は落ち着きを取り戻す。
「あたしがしなくちゃいけないことは、もう決まっています・・・」
そう告げて、マイはジーザスへと駆け戻っていった。ミドリも彼女を追うような形で艦内に戻っていった。
「フミさん、私たちは見守りましょう。彼女たちがこれから何を成し、どこへ向かっていくのか・・・」
「そうですね、マシロ様。でもマシロ様、フミはいつまでもどこまでも、マシロ様のおそばにいますから・・・」
マシロの言葉にフミが笑顔で答える。全クルーを乗せたジーザスは、離れた2人の眼前で飛翔していった。
戦闘配備が布かれたジーザス艦内。各々の持ち場に着くクルーたちの中、マイ、ミドリがドックへと辿り着く。
「おっ、艦長、マイちゃん、出撃準備、整ってますよ。」
MSの整備を終えたチエが、ミドリとマイに声をかける。
「チエちゃん、おまたー。早速出撃よ。」
ミドリは自分の機体、紅く彩られた機体に乗り込む。アキラは既に自分の機体に乗り込んで、システムチェックを行って出撃に備えている。
「行くのか、お前・・・」
そこへ謹慎処分を受けているユウが、マイに声をかけてきた。彼に振り向き、彼女は小さく頷いた。
「あたしは戦う。タクミのために、みんなのために・・・」
マイはそういって、先ほど自分が動かして見せた白い機体を見上げる。カグツチは戦いに備えて待機していた。
(宿命とか使命とかじゃない。あたしがそうしたいから戦うのよ・・・だから!)
マイはカグツチのコックピットに乗り込み、システムチェックを行い出撃に備える。
“カタパルト接続。針路クリア。システム、オールグリーン。カグツチ、デュラン、ガクテンオー、ゲンナイ、発進スタンバイ。”
アオイのナビゲートを受けて、エレメンタルガンダム、MSが構える。
「ミドリ・スティールファング、ガクテンオー、ドッカーン!」
ミドリの声に合わせて、ガクテンオーが、
「アキラ・オクザキ、ゲンナイ、発進する!」
アキラの声に合わせて、緑色のエレメンタルガンダム、ゲンナイが、
「ナツキ・クルーガー、デュラン、GO!」
ナツキの声で白銀のエレメンタルガンダム、デュランがそれぞれ発進する。
そしてマイは発射口の先の空を見据え、緊張を覚える。その中で気持ちを引き締めて、彼女は空に向けて気持ちを解き放つ。
「マイ・エルスター、カグツチ、行きます!」
アクセルをかけ、マイは空に飛び立つ。カグツチが翼を広げ、飛翔した。
自ら身を投じた光と闇の戦いが、彼女の運命を大きく変えようとしていた。
次回予告
光の大地に押し寄せる闇の兵士たち。
愛するもののために、マイは戦いに赴く。
そこで彼女は、戦いの重さを目の当たりにする。
さらに彼女に、運命の対立が再び巻き起こる。
のしかかる重心、撃ち抜け、ザク!