ガルヴォルス

-Phantom Heart-

第6章

 

 

 2度もトウガに敵わず撤退を余儀なくされたレイヤ。彼は敗北の屈辱と自分の無力さを痛感して、憤りを募らせていた。

「まだ足りない・・力が足りない・・早く、アイツを倒さないといけないのに・・・!」

 いら立ちを抑えられず、レイヤが壁に拳を叩きつける。

「まだ・・まだガルヴォルスの力を取り込まないといけないのか・・・!」

 力を欲するレイヤが視線を移す。彼は悪いガルヴォルスの行方を追った。

「そこまでアイツを憎み、力を手にしたいか・・」

 そこへ声がかかり、レイヤが振り返る。彼の前に現れたのはギルだった。

「お前、来たのか・・そのガルヴォルスは・・・?」

 レイヤがギルに答えて眉をひそめる。ギルは数人のガルヴォルスを抱えて連れてきていた。倒れているガルヴォルス全員が虫の息で生かされていた。

「お前のガルヴォルスの能力は分かっている。力がほしいのだろう?」

 ギルがガルヴォルスたち見下ろして、不敵な笑みを浮かべる。彼はレイヤの能力を知っていた。

「オレを強くして、お前に何の得がある?オレがヤツを倒すことが、お前の望みでもあるのか?」

「ヤツだけではない。ヤツのように世界を混乱させているヤツらの滅びを、私は望んでいる。単純に、世界平和のためにね・・」

 レイヤが投げかける疑問に、ギルが微笑んで答える。

「平和・・幸せ・・オレもオレの親も、そのために尽力してきたというのに・・・」

 レイヤが自分の過去を思い出して、歯がゆさを募らせていく。

 自己満足に親の命と自分たちの幸せを壊したトウガを、決して許してはおかない。そのためにレイヤは力を求めた。たとえ大敵と同種の力であっても。

「ヤツを倒せるなら、オレはどんな屈辱にも耐える・・・!」

「そのための力になるなら、遠慮なく使ってくれ。」

 トウガへの敵意を募らせるレイヤに、ギルがガルヴォルスたちを差し向ける。

「そこまで言うなら、とことん付き合ってやる・・お前の口車に・・ヤツを倒すために・・!」

 力を求めるレイヤがシャドーガルヴォルスとなる。彼は自分から出ている影を伸ばして、ガルヴォルスたちのいるところまで敷いた。

 するとガルヴォルスたちが影の中に引きずり込まれていく。底なしの沼に入り込んたかのように。

(これがレイヤの能力。相手を自分の影に引きずり込み、自分に取り込む。これによりレイヤは急激に強くなることができる。)

 ギルがレイヤのことを考えて笑みをこぼす。ガルヴォルスたちが引っ込んだ影とともにレイヤに取り込まれた。

「これでまた強くなったな、レイヤ・・」

 両手を握ったり開いたりして強化を確かめるレイヤに、ギルが声をかける。

「足りないならまた連れてくるが・・?」

「いや、ここからは自力で強さを手に入れる・・力は強くても制御できなければ逆効果だ・・」

 ギルの問いかけに答えて、レイヤは振り返って歩き出す。彼は自力で力を手に入れるため、改めて行動を開始した。

(ほっとけないな・・このままボロボロになっていくばかりのお前を・・・)

 レイヤの背中を見送って、ギルが肩を落としてため息をつく。

(ただ息の根を止めるだけでは意味はないようだ。あのような相手に勝利するには、ヤツの魂をも挫く必要がある・・)

 ギルはトウガのことを考えて、真剣な面持ちを浮かべる。

(崎山トウガは今、華原カノンと行動を共にしている・・そこを狙えば・・・)

 彼はカノンに目を付けて、笑みをこぼした。

 

 レイヤとの交戦の後、トウガとカノンは場所を変えて体を休めていた。カノンはレイヤに対して不安を感じていた。

「トウガ・・トウガは強くなる方法とか考えているの・・・?」

 カノンが投げかけてきた言葉に、トウガが眉をひそめる。

「あの人、前と比べて一気に強くなっていた・・何かして強くなったはずよ・・・」

「だとしてもオレはヤツを倒す・・敵を倒さないと、世界はムチャクチャのままだから・・・」

 カノンからの注意を聞いても、トウガの意思は全く揺るがない。

「オレは敵を潰す・・殺されるぐらいのことをされても、オレは死なない・・死んでたまるか・・・!」

「トウガ・・・」

 敵意を募らせるトウガに、逆にカノンが心を揺さぶられていく。

「私にも、そんなトウガを支えさせて・・私だって、トウガに死んでほしくない・・・」

「カノン・・オレもだ・・オレもカノンがそばにいてほしい・・・」

 カノンとトウガが想いを伝えて、優しく抱きしめ合う。

「これからも、オレの戦いに付き合ってくれ・・カノン・・・」

「うん・・トウガ・・・」

 トウガの言葉にカノンが頷く。2人とも自分たちの戦いを続けようとしていた。

 

 トウガたちとレイヤの2度目の交戦から3日が過ぎた。トウガの敵の討伐は続いていた。

 トウガを刺激することをしなければ、彼に攻撃されることはない。人々は徐々にそう思うようになっていった。

 徐々に穏やかになっていく日常に、トウガは落ち着きを取り戻しつつあった。

「みんな、おとなしくなってきたね・・悪いことを考えなくなってきた・・・」

「これが正しい形なんだ・・明らかに間違っていることを正しいことにされることなんて、あっちゃいけねぇんだ・・・」

 周りの様子を見回すカノンに、トウガが真剣な面持ちで言いかける。

「それに、まだアイツを倒しちゃいねぇ・・少なくても、そいつをブッ倒すまでは、オレの戦いは終わらねぇ・・」

「その人、もしかしたらまた強くなっているかもしれない・・トウガを倒そうとして・・・」

 トウガがレイヤのことを考えて、カノンが不安を感じる。カノンはレイヤがトウガを上回る力を持っているのではないかと思っていた。

「オレも戦いながら、高まってる力に慣れてきた・・最初は大きくのしかかってた負担も、今はほとんど感じなくなってる・・」

 トウガが自分の手を見つめて、自分の力を実感していく。

「それでもカノンが力を貸してくれると、もっと強い力を出すことができる・・ホントに感謝してるよ、カノン・・・」

「私も、トウガの力になれるなら、私は嬉しいよ・・ありがとう、トウガ・・・」

 互いに助け合っていることに感謝して、トウガとカノンが抱きしめ合い、口付けを交わした。

 敵を次々に倒しているだけではない。互いにそばにいることが大きな安らぎになっている。トウガもカノンもそう思っていた。

「やっと取り戻せるんだ、安らぎを・・いや、つかめるんだ、ホントの安らぎを・・・」

「うん・・私たちが求めてきた幸せに、もうすぐ届く・・・」

 決意と願望を口にして、トウガとカノンは手を握り合う。2人の思いは1つになっていた。

 

 トウガの打倒のため、レイヤは力を付けていた。高まっていく力を試して慣らしながら、彼はさらに強さを増していた。

「もうアイツには負けない・・もう逃げるような恥はしない・・必ずこの手で、息の根を止めてやる・・・!」

 トウガへの憎悪を募らせて、レイヤが右手を強く握りしめる。

「ヤツがいなければ、国も世界も、みんな平和でいられるんだ・・オレがヤツを仕留めて、平和を取り戻す・・・!」

「かなりの強さになったようだな、レイヤ。」

 動き出そうとしたレイヤの前に、ギルが現れた。

「ヤツの行動でますます混乱が進んでいる。お前の都合を待っていては、取り返しのつかないことになってしまう。」

 ギルが投げかけてきた言葉に、レイヤが目つきを鋭くする。

「もしもレイヤがまた追い詰められるようなことになれば、オレも戦いに加わることにする。」

「ふざけるな・・ヤツを倒すのはオレだ・・邪魔をするなら、たとえお前でも・・!」

 忠告を送るギルに、レイヤが憎悪を傾けてくる。

「ならば次の戦いに必ず勝つことだ。それで全て丸く収まる。」

「そうするつもりだ・・次で終わらせる・・必ず・・・!」

 ギルの言葉を受けて、レイヤがトウガへの憎悪を募らせる。歩き出す彼の後ろ姿を、ギルは真剣な面持ちで見守る。

(レイヤは復讐者として純粋だ。彼の心身の強さは、世界を正しい方向へ導くことになる・・)

 レイヤの心を悟って、ギルが笑みをこぼす。

(その力を散らすようなことはしたくない。たとえレイヤ本人から恨まれることになろうと・・)

 ギルもまた1つの決意を心の中に秘めていた。

 

 トウガのことを知っている人も、もう少なくなくなっていた。彼らを見るや、畏怖を感じて後ずさりする人もいた。

「トウガのこと、すっかり恐れられている・・襲われるかもしれないと思って・・・」

「自分たちのために他のヤツを傷付けて平気でいるゴミクズじゃないなら、手を出すことはしねぇ・・オレはアイツらとは違う・・・」

 困惑を浮かべるカノンに、トウガが自分の意思を口にする。彼は無差別な人殺しはしたくないと思っていた。

「オレがいるからおとなしくしてるんじゃ解決にならねぇ・・みんなが間違いを思い知らねぇと、意味がねぇんだ・・・」

「私たちがそのことを思い知らせていく・・私たちが、そのきっかけ・・・」

 本当の意味でみんなが正しくあろうとすることを、トウガもカノンも望んでいた。

「もう体を休める・・場所を変えよう・・」

「うん・・人の目の届かないところへ・・・」

 トウガとカノンは声をかけ合い、街外れに移動していく。2人は人気のない草原を訪れた。

「カノン・・・オレ・・オレ・・・」

 トウガが込み上げてくる想いに突き動かされるように、カノンを抱きしめる。彼からの抱擁にカノンが心を委ねる。

「落ち着いたら、どこか静かなところで暮らそう・・この力を使うこと以外に何ができるか分かんねぇけど・・」

「私も手伝うよ・・私のできることを、やっていくよ・・・」

「すまねぇな・・カノンにとことん付き合わせちまって・・・」

「ううん・・私がトウガに感謝しているよ・・・」

 互いに想いを伝え合うトウガとカノン。2人がそのまま口付けを交わそうとした。

「見つけたぞ・・今度こそ、お前を・・・!」

 そこへ聞き覚えのある声を耳にして、トウガとカノンが目つきを鋭くする。2人の前にレイヤが現れた。

「おめぇ・・また出てきたのか・・・!」

 トウガが憤りを噛みしめて、レイヤに鋭い視線を向ける。

「もう逃げたりしない・・オレがお前の前からいなくなるのは、お前がオレに息の根を止められるときだ・・・!」

 レイヤが鋭く言いかけて、トウガとカノンに近付いてくる。

「オレは死なねぇ・・死ぬのはおめぇだ、ゴミクズ!」

 怒号を放つトウガの頬に、異様な紋様が浮かび上がる。レイヤの顔にも紋様が走る。

 ビーストガルヴォルス、シャドーガルヴォルスとなったトウガとレイヤ。2人が激突するが、トウガが力負けして突き飛ばされる。

「ぐはっ!」

「トウガ!」

 激しく横転するトウガにカノンが叫ぶ。レイヤが体から黒いオーラをあふれさせて、トウガに向かって歩いていく。

(2度目の戦いのときよりも、あの人の力が大きく増している・・下手したら、いくらトウガでも・・・!)

 カノンがレイヤの力を痛感して、かつてない危機感を覚えた。

「オレはお前を殺す・・そのための力を手に入れて、オレは今、お前の前に立っている・・・!」

 レイヤが鋭く言いかけて、両手を強く握りしめる。

「自分のことを棚に上げて、オレたちが混乱をもたらしているとでっち上げているお前の存在自体を、オレは許しはしない・・・!」

 トウガの前に立ちはだかり、レイヤが敵意を向ける。

「それはおめぇらだ・・明らかに間違っているのに、正しいことにして思い上がっている・・そんなゴミクズの存在、オレは許さねぇ!」

「どこまでもお前というヤツは!」

 逆に怒りを募らせるトウガに、レイヤも怒号を放つ。2人が再び拳を繰り出すが、トウガがレイヤに押されていく。

「こんなことで・・オレがやられるか!」

 トウガが力を込めて、全身から電撃をほとばしる。彼がまたレイヤに飛びかかり、拳を繰り出す。

 しかし命中しても、レイヤにトウガの攻撃が通じない。

「倒す・・必ずお前を倒さなければならない!」

 レイヤは憎悪を込めて、トウガの体に拳を叩き込む。

「ぐっ!」

 重みのある一撃に揺さぶれて、トウガがその場に膝をつく。

「今のオレが、こうも簡単に・・・!?

 体を激痛が駆け抜けて、トウガが顔を歪める。

「これがお前を倒すために手に入れた力・・今度こそ、お前の命を潰す!」

 レイヤが言い放って、右足を振り上げてトウガを蹴り飛ばした。

「がはっ!」

 強く突き飛ばされたトウガが、激痛によって吐血する。

「トウガ!」

 カノンが声を上げて、たまらずエンジェルガルヴォルスとなる。彼女はレイヤに向けて思念を送る。

 しかし殺気を向けてきたレイヤに、カノンの思念はかき消される。

「こんなことでオレを止めることはできないぞ・・・!」

「そんな!?

 鋭く言いかけるレイヤに、カノンが驚愕する。

「お前もアイツの次に仕留める・・アイツに味方した罪を償わせる・・・!」

 レイヤに強く敵意を向けられて、カノンが言葉を詰まらせる。レイヤがトウガに視線を戻して歩を進める。

「終わりだ・・これで本当の平和が戻ってくる・・・!」

「平和をぶち壊してるゴミクズが、勝手なことをぬかすな・・・!」

 信念を口にするレイヤに、トウガが怒りの声を振り絞る。

「もう何も言うな・・オレがここで、お前を倒す!」

 レイヤが怒号を放つと、足元の影を操り鋭くする。彼は影の針を伸ばして、トウガの体に突き立てた。

「ぐはっ!」

 トウガが鮮血をあふれさせて、うめき声を上げる。

「トウガ!・・やめて!トウガを放して!」

 カノンが悲痛の叫びを上げて、さらに強い思念をレイヤに送って動きを止めようとする。しかしレイヤの動きは止まらない。

「そんなに死に急ぎたいなら、お前から殺すぞ・・・!」

 レイヤがカノンに鋭い視線を向けて、影を伸ばしてきた。回避しようとしたカノンだが、影に体を縛り付けられてしまう。

「うあっ!」

 体を締め付けられてカノンがうめく。彼女は激痛に襲われて、影から抜け出すことができない。

「カノン・・・おめぇの相手はオレだろうが・・・!」

 トウガが声と力を振り絞り、体から影を引き抜こうとする。

「これ以上好きにさせない!お前はオレがここで息の根を止める!」

 レイヤが言い放ち、さらに影の針をトウガの体に突き刺す。

「があぁっ!」

 さらに体を傷付けられ、トウガが絶叫を上げる。カノンもレイヤの影にさらに体を締め付けられる。

(オレは認めねぇ・・オレはこんなムチャクチャを認めないために戦ってきた・・・!)

 傷だらけのトウガが、理不尽への憎悪を募らせる。

(オレは絶対に死なねぇ・・ゴミクズどものいいようにされてたまるか!)

 激高したトウガが全身から電撃を放出する。その稲光はまばゆいものとなっていた。

「何をしてこようと、オレはお前を倒す!」

 レイヤが言い放ち、さらに影の針をトウガに突き立てようとした。だが今度は針がトウガに刺さらない。

「ぐっ!」

 この瞬間にレイヤが驚愕を覚える。トウガが力を込めて、刺さっている針を引き抜こうとする。

「オレはこの世界を正しい形にする!おめぇらの身勝手でムチャクチャにされてたまるかよ!」

 怒りを爆発させたトウガが電撃を放出して、影の針を吹き飛ばした。

「バカな!?

 驚愕を募らせるレイヤの前に着地したトウガ。体を刺された彼の体から血があふれ続けていた。

「おめぇを倒して、オレたちは本当の幸せをつかみ取る!」

 トウガが力を振り絞り、レイヤに向かって飛びかかる。トウガに拳をぶつけれるが、レイヤは踏みとどまる。

「まだだ・・お前にオレは負けはしない!」

「それでもオレは、おめぇをブッ倒す!」

 互いに怒号をぶつけ合うレイヤとトウガ。2人が同時に拳を繰り出し、互いの顔を殴りつける。

 痛打を受けながらも、トウガもレイヤも怯まずに打撃を仕掛ける。攻撃を受け続けるも、2人とも倒れない。

(トウガ・・トウガは諦めていない・・その人を倒すことに集中している・・・!)

 カノンがトウガの意思を悟り、戸惑いを感じていく。

(たとえ体をバラバラにされても、トウガは絶対に屈しない・・敵に、徹底的に逆らう・・・!)

 カノンが迷いを振り切り、意識を集中してトウガに力を送る。トウガが徐々にレイヤを押していく。

「何度も言わせるな!お前が何をしようと、オレはお前に負けない!」

「何度も言わせるな!オレはおめぇらを必ずブッ倒す!」

 レイヤとトウガが怒号を言い放ち、手を組んで力比べに持ち込む。2人はさらに膝蹴りを繰り出しぶつけ合う。

「お前がいるから、世界は!」

 トウガとレイヤの怒号が重なる。次の瞬間、トウガの両手がレイヤの両腕を押し込んでへし折った。

 かつてない激痛に襲われて、レイヤが声にならない絶叫を上げた。

(バカな!?・・これでも・・これでもアイツに勝てないだと・・!?

 トウガを超えたと確信した力でも勝てないことを、レイヤは信じられないでいた。身動きの取れない彼の前に、トウガが立ちはだかる。

「オレたちはおめぇを倒す・・そして他のゴミクズどもをぶっ潰して、世界を正しい形にする・・・!」

 トウガが声を振り絞り、右の拳を構える。

「おめぇらがいなくなれば、オレは、オレたちは安心して暮らせるんだよ・・・!」

 トウガが身動きの取れないレイヤに拳を繰り出した。

 その瞬間、トウガが突然後ろから突き飛ばされた。

「ぐっ!」

 壁に叩きつけられてトウガがうめく。立ち上がる彼が視線を移して、攻撃してきた相手を探す。

「誰だ・・どこにいやがる・・・!?

 トウガが目つきを鋭くして、周囲に視線を移していく。

「もう見てられないな、お前の負けっぷりは・・・」

 そんな彼の耳に声が飛び込んできた。次の瞬間、周辺が一瞬にして漆黒に包まれた。

「な、何だ、これは!?

 トウガが緊迫を覚えて周りを見回す。

「アイツの仕業か!?・・アイツの姿がない・・いなくなってる・・!?

 トウガはレイヤの姿が消えていることに気付いて、さらに目を凝らす。

「カノンもいない!?・・カノン!」

 カノンの姿も見失い、トウガがたまらず叫ぶ。彼は必死にカノンの居場所を探す。

(カノン、このおかしな暗闇に巻き込まれたんじゃ・・・!?

 かつてない不安を募らせていくトウガ。彼は傷ついた体に鞭を入れて、カノンを探して走り出す。

(カノンもこの異変に気付いて、オレを探してるはずだ・・近くにいるはずだ・・・!)

 カノンも近くにいると確信しているトウガ。彼は警戒を強めたまま、ゆっくりと歩を進めていく。

(カノン、どこだ・・アイツもどこに行った・・・!?

 レイヤにも警戒と敵意を強めて、トウガはカノンを探し続けた。

 

 突然現れた暗闇に、カノンも緊張を感じていた。

「いきなり暗くなるなんて・・何が起こったの・・・!?

 カノンは息をのんで、状況を確かめようとする。

「トウガも近くにいる・・見つけないと・・・!」

 彼女はトウガを追い求めて感覚を研ぎ澄ませる。しかし彼女はトウガもレイヤも気配を感じ取れない。

「おかしい・・いくら暗くても、近くにいれば気付けないはずないのに・・・」

「この暗闇は特殊でね。力を遮断することもできるのだよ。」

 そのとき、カノンは後ろから声をかけられて緊迫を募らせる。聞き覚えのない、低く重みのある声だった。

(この声はトウガじゃない・・誰!?

 カノンが意を決して後ろに振り返る。彼女の前に現れたのはギルだった。

「お前が崎山トウガと一緒にいる女か。」

 呟きかけるギルから、カノンがとっさに後ずさりする。

「もしかしてこの暗闇、あなたの仕業・・・!?

「そういうことになるな。オレの名は神谷ギル。お前たちが今戦っているガルヴォルスの知り合いと言えば分かりやすいか。」

 カノンが問いかけられて、ギルが自己紹介をする。レイヤのことを思い出して、カノンが身構える。

「できればアイツの考えを尊重したかったけど、このままでは殺されることになりかねないから・・」

 ギルが言いかけて、カノンに向けて手を伸ばしてきた。

「来ないで!私はあなたの相手をしている暇はないの!」

 カノンが叫んで、背中の翼を広げる。ギルは彼女に対して全く動じない。

「私はトウガのところに行く!邪魔しないで!」

 カノンがギルに向けて思念を送る。しかしギルの動きは止まらない。

(効かない・・!?

「こんなものでオレを止めることはできない・・」

 驚愕するカノンに低く告げると、ギルは闇を広げた。闇が触手のように伸びて、カノンの腕と足を縛った。

「キャッ!」

 捕まったカノンが締め付けられて悲鳴を上げる。力を込める彼女だが、闇を振り払うことができない。

「この闇を操っているのはオレだ。簡単に抜け出すことはできない。」

 身動きの取れないカノンを見つめて、ギルが笑みをこぼす。

「放して!私はトウガのところに行かないと・・!」

「それならばオレが連れていく。トウガの強い心を砕くために・・」

 声を張り上げるカノンに、ギルが不敵な笑みを見せて言いかける。

「トウガの!?・・あなた、トウガに何をするつもりなの!?

「ヤツの力も心も強固であることは、オレ以上にお前が分かっているはずだ。ヤツを完璧に打ち負かすには、心も打ち砕く必要がある。」

 緊迫するカノンに、ギルが自分の企みを口にする。

「トウガを追い詰めるために、私を利用しようっていうの・・!?

「お前とアイツに絶望を味わわせてやる。レイヤの代わりにオレがな。」

 トウガを追い詰める算段を付けているギルに、カノンは絶望を感じていた。

 

 カノンを探しに暗闇の中を巡るトウガ。彼は焦りとともに憤りを膨らませていた。

「どこだ・・どこに行っちまったんだよ!」

 たまらず声を荒げるトウガ。彼はカノンをひたすら探し続ける。

「お前が探しているのはこの娘か?」

 そこへ声をかけられて、トウガが振り返る。彼は闇に捕まって気絶しているカノンを目の当たりにした。

「カノン!」

 トウガが声を荒げて、カノンに向かって駆けつける。だが暗闇から放たれた衝撃波をぶつけられて、トウガが突き飛ばされる。

「ぐっ!」

 激しく横転してうめくトウガ。彼はすぐに立ち上がり、カノンのところへ向かう。

「そんなにこの娘が大事ということか。」

 トウガが再び暗闇の衝撃に襲われて押される。彼の前にギルが姿を見せた。

「おめぇか、この真っ暗を作り出したのは!?

「そうだ。レイヤがやられそうになっているのを黙っていられなくてな。」

 鋭く睨みつけてくるトウガに、ギルが笑みを見せて答える。

「アイツの味方か・・アイツの味方ってことは、おめぇも自分たちがよければそれでいいと思い上がってるゴミクズだってことかよ!」

「そうやって人を人と見ない見方は滑稽だ。もっとも、そうさせたのは、お前がゴミクズ呼ばわりしていた連中なのだろうが・・」

 敵意をむき出しにするトウガに、ギルがため息まじりに言いかける。

「ああいう連中が腹立たしいのは私も同じだ。だがお前はあまりにも縦横無尽に暴れすぎた・・」

 ギルはため息をつくと、再び暗闇を操りトウガにぶつける。しかしトウガは踏みとどまり、ギルに鋭い視線を向ける。

「カノンを放せ・・さもねぇと地獄を味わわせる!」

 トウガが体から電撃を放出して、ギルに向かって飛びかかる。

「崎山トウガ!」

 そこへレイヤが飛び出してきて、トウガに横から拳をぶつけてきた。カノンとギルに気を向けていたトウガは、レイヤの接近に気付かなかった。

 殴り飛ばされたトウガが激しく横転する。痛みを感じながらも、トウガはすぐに起き上がろうとした。

 だが上から闇が押し寄せてきて、トウガにのしかかってきた。

「ぐっ!」

 体に圧力をかけられて、トウガが顔を歪める。闇はトウガの手足を拘束すると、地面と同化して彼の動きを封じた。

「あまり無闇やたらに飛びかかれるのは正直いい気がしない。大人しくしてもらうぞ。」

 もがこうとするトウガを見下ろして、ギルが低く告げる。身動きの取れないトウガに、レイヤも迫る。

「ギル、ヤツを放せ!オレの邪魔をするなら、お前でも許さないぞ!」

「さっきオレが手を出していなかったら、お前は確実に死んでいた。ヤツに殺されることは、お前にとってはこれ以上ない屈辱のはずだ。」

 不満を口にするレイヤに、ギルが表情を変えずに言い返す。

「ヤツを放すのは、ヤツの心を打ち砕いてからだ・・」

 ギルの言葉に納得いかないが、レイヤはこらえることにした。

「お前は新たな心の支えを持ったようだ。だがそれがお前の弱点ということになる・・」

「おめぇ・・おめぇもオレを苦しめてあざ笑う気か!?

「あざ笑うつもりはない。が、お前はオレたちだけでなく、世界にとっての脅威になっている・・」

 憤りを募らせるトウガに、ギルが話を続ける。彼はトウガを追い詰めるため、カノンに手を上げようとしていた。

 

 

 

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