魔法戦記エメラルえりなResonance

第26話「キミノウタ」

 

 

 意識の戻らない霞美を目覚めさせるため、ジュンは残された自分の魔力を注ぎ込もうとしていた。

「霞美さん・・みんなが待っているから・・・」

 自分の中にある一途な気持ちを胸に秘めて、ジュンは意識を集中する。彼女の体を魔法の光があふれ出していく。

「霞美さん・・目を覚まして!」

 その体の光を霞美の体に送り込むジュン。電気ショックを与えられたかのように、霞美の体が跳ねる。

 次の瞬間、ジュンが突然倒れて動かなくなった。魔力を与えたために、彼女は意識を失ってしまった。

「ジュンちゃん!」

 ネオンが悲鳴を上げて、ジュンの体を支える。

「ジュンちゃん、起きて!目を覚まして!」

「大丈夫だ、ネオンちゃん!ジュンは目を覚ますよ!」

 ジュンに呼びかけるネオンに、クオンが声をかける。

「ジュンは僕たちが悲しむようなことはしたくないと思ってる。だから必ず帰ってくる・・・!」

「クオンくん・・・ジュンちゃん・・・」

 クオンの呼びかけを受けて気持ちを落ち着けようとするが、ネオンは心配を抑えることができないでいた。

(ジュン、戻ってきて・・もしも戻らなかったら、絶対に許さないから・・・)

 えりなもジュンの無事帰還を強く信じていた。

 

 心の中の、闇の広がる虚無の世界。その真っ只中に霞美の意識はあった。

(私の中にいた暗闇を追い出せたけど・・ジュンちゃんとも、あの人たちともはぐれちゃった・・・)

 闇の中を漂う霞美が、心の声を呟きかける。

(ララたちに帰るって、あれだけ言ったのに・・こんなことで、私の人生が終わってしまうなんて・・・)

 ララたちに対する罪の意識を募らせていく霞美。

(でも正直イヤだよ・・このままみんなを悲しませたまま死んでしまうなんて・・・)

 死ぬことを悔やみ、霞美が涙を浮かべる。

(帰りたい・・みんなのところに帰りたいよ・・・ララ・・フューリー・・・ジュンちゃん・・・)

「霞美さん!」

 そのとき、ジュンの声を耳にして、霞美は閉ざしかけていた眼を開いた。そのとき、彼女の視界に、手を伸ばしてやってくるジュンの姿が飛び込んできた。

「ジュンちゃん!」

 そのジュンに向けて、霞美が力を振り絞って手を伸ばした。

 

「ジュンちゃん!」

 目を覚ました霞美がベットから飛び起きる。その瞬間、彼女は夢を見ていたのではないかという疑問を覚える。

「今のは夢だったの?・・・ここ・・は・・・?」

 我に返った霞美が周囲を見回す。自分の記憶にない場所に、彼女は当惑していた。

「やっと目が覚めましたね、霞美さん・・・」

 そこへ声がかかり、霞美が振り向く。フューリーがララに連れられて、彼女の前にやってきた。

「ララ・・フューリー・・・無事だったの・・・?」

「霞美さんよりは全然大丈夫ですよ・・・本当に・・霞美さんが目覚めて、本当によかったです・・・」

 霞美が投げかけた疑問に答えて、フューリーが喜びを膨らませて涙を浮かべる。霞美もララも再会の喜びを感じて微笑んでいた。

「目が覚めたんだね・・よかった・・・」

 そこへえりなが健一、明日香、玉緒を伴ってやってきた。

「あなたたちは・・・」

「あなたはあそこで1度目を覚ましたんだよ・・でもまた気を失って、あれから3日たったんだよ・・・」

 当惑を見せる霞美に、えりなが事情を説明する。

「3日も・・・それだけ疲れていたってことですか・・・?」

「ううん・・このことは本当に幸運だった・・生きるか死ぬかの瀬戸際だったから・・・」

 霞美が投げかけた疑問に答えたのは明日香だった。

 霞美は今日目覚めるまでのことを聞かされた。自分から分離したカオスコアが、宇宙に飛ばされたところを消滅したこと、意識不明に陥っていた自分が、ジュンが送った魔力によって意識を取り戻したことを。

「そんなことが・・・私のせいで、こんな・・・」

「責任があるのは、私たちも同じだよ・・私たちの軽率な判断が、ララちゃんを傷つけ、あなたの邪な力を目覚めさせてしまった・・もっと早く理解ができていたら・・・」

 互いに自分たちに責任を感じて、謝意を見せるえりなたちと霞美。そこへなのは、フェイト、ユウキがやってきた。

 なのはの姿を見て、霞美は緊張を覚えた。ララを傷つけた魔導師が目の前にやってきたのだ。

 だがララもフューリーも、なのはと対面しても落ち着いた様子を見せていた。

「ゴメンなさい・・みんなを守るためとはいえ、あなたの家族を傷つけてしまって・・・」

 なのはが沈痛の面持ちで霞美に謝罪してきた。だが霞美も悲痛さを浮かべてきていた。

「責任があるのは私です・・いくらララを傷つけられたからって、頭に血を上らせて、関係のない人たちまで傷つけて・・・」

「君もオレたちも、大切なもの、大切な人のために戦った。それが悪いなんて誰にもいえない・・」

 謝罪を返す霞美に、ユウキが言いかける。

「ただ、そのためにオレたちが対立してしまっただけ・・もっと互いの言葉に耳を傾けていれば、こんなことにならなかったのかもしれない・・・」

「・・正しいと思ってやったことが間違っていた・・間違いと分かっていてもやらなくちゃいけない・・・私たちは、間違わずに生きていくことはできないんだね・・・」

 ユウキに続いてフェイトも皮肉を口にする。

「後悔先に立たず、とはこのことッスね・・人は1度でも間違わねぇと、過ちに気付けないってことか・・・」

 いたたまれない気持ちを口にする健一。えりなも霞美も深刻さを募らせて、小さく頷く。

 人間は完全ではない。だから絶対に正しくいられるわけではなく、人生の中で必ず間違いを犯すことになる。子供のいたずらのような些細なものから、償おうとしても償うことのできないほど大きなものまで。

 その間違いを経験にして、間違いを繰り返すことなく、正しくあろうとして成長していく。それが人間である。

「あの・・・私たちは、これからどうなるんですか・・・?」

 医務室を包んでいた沈黙を破って、霞美が不安を口にしてきた。

「ララに関しては単に操られていただけで、本人に犯罪を起こそうとする意思がないことで、大きなお咎めはない。ただ日常に戻す前に、力の制御を学んでおく必要があるけど・・」

 ユウキが語りかけた言葉に、霞美が一瞬安堵を覚えた。

「問題は霞美さん、君だ・・カオスコアの力と人格に振り回されたとはいえ、敵意や破壊の意思を示している。本来なら重罪となり、相当の刑罰を科せられるところだ・・」

「そうですか・・・」

「霞美さん・・・」

 ユウキが続けて口にした言葉に、霞美が物悲しい笑みを浮かべ、フューリーが沈痛の面持ちを見せる。

「だがオレたちにも非があったことも紛れもない事実だ。オレたちも責任を問われなくちゃならない・・」

「ユウキさん・・・」

 責任の痛感を告げるユウキに、なのはが戸惑いを浮かべる。

「オレたちで君の罪を軽減できるよう尽力しよう。お咎めなしになれば1番いいが・・」

「すみません・・私のために、ここまで・・・」

 苦笑いを浮かべて言いかけるユウキに、霞美が感謝を見せる。えりなと健一も安堵を覚えていた。

「でも少なくても、君の体の調査で時間を費やすことになる。君の体もカオスコアの擬態だから、また力の暴走を起こさないようにしないと・・」

「私が付き添わないといけないですね。私とならいろいろと情報提供ができますし・・」

 ユウキに続いてえりなが言いかけてくる。その言葉に霞美が戸惑いを覚える。

「私と同じ、カオスコアというものだからですか・・・?」

「うん・・でも今は、もう1人の私は、私と一心同体になったけどね・・・」

 霞美がかけた声にえりなが頷く。同じ境遇の少女を、えりなは救いたいと考えていた。

「ところで、ジュンちゃんはどこですか?・・別の部屋ですか・・・?」

 霞美がジュンのことを訊ねてきた。するとえりなたちが表情を曇らせる。

「ジュンはまだ、意識が戻っていないの・・・」

 明日香が告げた言葉に、霞美は愕然となっていた。

 

 霞美たちがいた医務室とは別の部屋で、ジュンは眠っていた。彼女の寝ているベットにはマコト、クオン、ネオン、レイがいた。

 霞美に魔力を送ってから、ジュンは意識が戻らないままだった。だが外傷も命の別状もなく、心拍も正常に戻っていた。

 その部屋に、ララに支えられて霞美がやってきた。

「霞美さん・・・」

 霞美の登場にマコトたちが戸惑いを見せる。眠り続けているジュンを目の当たりにして、霞美が困惑を浮かべる。

「話は聞いてるよ・・ジュンちゃん、意識が戻らないんだね・・・」

 霞美が声をかけると、マコトとクオンが小さく頷く。この間にも、ジュンは眠り続けていた。

「体も精神も回復しているのに、意識だけが戻らないんだ・・」

「シャマルさんは下手にショックを与えずに安静にさせたほうがいいっていうんですが・・・」

 マコトとクオンが霞美に言いかける。困惑を募らせる霞美が、ジュンの眠るベットに近づく。

「私のために、こんなになって・・・ジュンちゃん・・・」

 身を呈した自分を救ってくれた少女を目の当たりにして、霞美が涙を浮かべる。

「そんなに自分を責めないで、霞美さん・・・悪いのは、あたしたち全員なんだから・・・」

 ネオンが物悲しい笑みを浮かべて言いかける。

「もっと力があれば・・もっと的確な判断ができていたらって思う・・・でもどんなに願っても、過ぎてしまったことは変えられない・・・」

「・・・私も、どうして途中でやめられなかったのかなって思う・・・どうして・・どうしてこんな・・・」

 ネオンに続いて霞美も歯がゆさを見せる。

「だったら、間違えないようにしていけばいいよ・・」

 そこへスバルが部屋を訪れてきた。ティアナ、エリオ、キャロ、ナディア、ロッキーもやってきていた。

「間違えたらやり直して、2度と同じ間違いを繰り返さないようにする・・あたしたちは、そうやって成長していくんじゃないかな・・」

「あたしたちは、まだまだこれからってことですよ・・」

 スバルとティアナの言葉に、霞美が小さく頷く。誰もが納得している中、マコトだけは腑に落ちない面持ちを浮かべていた。

「そう簡単に変われるのか?・・今まで変わろうとしなかったのに・・・」

 マコトが苛立ちを込めた言葉を口にする。彼女はまだ、管理局そのものに信頼を寄せているわけではなかった。

「だったら独立捜査官を目指したらどうだい?」

 そこへユウキが声をかけてきた。

「独立捜査官?」

 その言葉にマコトが眉をひそめる。

「捜査官の中でも独自捜査権を所有している役職だ。就くのは至難だけど、職務における行動範囲が一気に広がる・・・」

「ジュンにも独立捜査官になるように勧めようとは考えてる・・こういった役職のほうが似合ってると思う・・」

 ユウキに続いてえりながマコトに言いかける。しかしマコトはそれでも納得の反応を見せない。

「すぐに決めろとは言わない。まだ時間はある。じっくり考えて、それでもイヤだったらそれでもいい・・」

「言っとくけど、これは管理局のためじゃねぇ。おめぇ自身のためだってことを、頭に入れといてくれよ・・」

 ユウキに続いて健一がマコトに言いかける。頷く様子は見せなかったものの、マコトは納得していた。

「今はまだ休んでいてくれ・・オレたち自体は完治に近づいていってるけど、本部の復興はそこまでいってない・・」

「まだまだやることがあるってことか・・考えるだけで参っちまう・・」

 ユウキの言葉を聞いて、ヴィータが肩を落とす。

「まだまだ正念場は終わってないってことだよ。力を合わせるよ、ヴィータ。」

「分かってるって・・冗談ぐらい言わせてくれって・・・」

 そこへアクシオが声をかけ、ヴィータが再び肩を落とす。

「さぁみんな。やることはまだ山のようにあるんだ。そろそろ仕事に戻ろう。」

 ユウキがえりなたちに呼びかけ、仕事を再開させる。

「クオンたちはジュンのそばにいてやってくれ。目を覚ましたときにお前たちがそばにいれば落ち着けるだろうから・・」

「分かりました・・目が覚めたら、すぐに連絡します・・」

 ユウキの指示にクオンが答える。えりなたちは部屋を後にして、再び部屋にはマコトたちだけとなった。

「独立捜査官・・僕に何をさせようっていうんだ・・・!?

 ユウキたちの意図が分からず、マコトは困惑する。

「何もするつもりはないんじゃないかな・・・」

「・・・どういうこと・・・!?

 クオンが切り出した言葉に、マコトが眉をひそめる。

「強いて言うなら、今のまま自立してほしいんじゃないかな・・自分の意思で決めて、自分の道を進んでほしいって、ユウキさんやえりなさんたちは願っているんだと、僕は思う・・・」

「僕が決めて、僕の道を進む・・・今のまま・・・」

 クオンの言葉を聞いてマコトがさらに困惑する。今まで敵視してきた管理局の人間が、自分を後押ししている。そのことが彼女に動揺を与えていた。

「ジュン・・お前なら、この申し出を受けるだろうか・・・」

 ジュンの顔を見つめて、マコトが呟くように言いかける。

 道はたがえたとはいえ、マコトもジュンも自分たちの答えを求めて、世界を転々としてきた。その中でマコトも答えを見出しつつあった。

(僕はまだ、ただ変わってくれるのを待っていただけ・・でもそれだけじゃ変わることなんて稀だ・・それならいっそ僕が、僕たちが変えていけば・・・)

 込み上げてきた決意を胸に秘めるマコト。彼女の気持ちを汲み取って、レイが手を添えてきた。

「レイ・・・」

 戸惑いを見せるマコトにレイが微笑みかける。レイはマコトと、これからも一緒に生きていくことを心に決めていた。

「ありがとう・・レイ・・・僕はまだどこかで迷ってたみたいだけど・・それも吹っ切れたよ・・・」

 微笑みかけるマコトに、レイは小さく頷いた。2人は再びジュンに視線を移す。

「ジュン・・君が君の道を進むように、僕たちも自分自身の道を進んでいく・・今までのように、これからも・・・」

 自身の決意をジュンに向けて言いかけるマコト。

 そのとき、ベットで横たわっているジュンの手の指がわずかに動いたのを、ネオンが目撃する。

「クオンくん、今、ジュンちゃんの指が動いた・・・!」

「えっ・・・!?

 彼女の上げた声に、クオンとマコトも声を荒げる。彼らが見つめる前で、ジュンが閉ざしていた眼をゆっくりと開いていく。

「ジュンちゃん・・・!」

「ジュン!」

 ネオンが声を張り上げ、クオンがたまらずジュンを抱きしめる。まだ意識がもうろうとなっているジュンの視界に、クオンの顔が入ってくる。

「クオン・・・?」

「ジュン・・・目が覚めたんだね・・・よかった・・・!」

 当惑しているジュンに、クオンが喜びを浮かべる。

「あたし、みんなに知らせてくるね!」

 ネオンがえりなたちに知らせるために部屋を飛び出す。その間にも、ジュンは何がどうなっているのか分からず、きょとんとしている。

「クオン・・マコト・・・私、今までどうしてたの・・・?」

「何言っているんだい・・霞美さんに力を送って、そのまま意識を失ってたんだよ・・」

 ジュンが訊ねると、クオンが涙ながらに答える。

「そうか・・私、あれから眠ってしまっていたんだね・・・」

「霞美さんも少し前に目を覚ましたよ・・2人とも、3日も眠っていたんだ・・・」

「3日も・・・3日も!?

 クオンの言葉を聞いて、ジュンが驚きの声を上げる。

「こんな声を上げられるなら、もう心配はいらないかな・・」

 慌てふためくジュンを見て、マコトは笑みをこぼしていた。気持ちを落ち着けたところで、ジュンも微笑みかける。

「そうか・・霞美さんも無事だったんだね・・・よかった・・・」

 霞美の無事を確かめて、ジュンは安堵する。そこへ連絡を聞いた霞美、ララ、フューリーが再び部屋を訪れた。

「ジュンちゃん・・・目が、覚めたんだね・・・」

「霞美さんも、無事だったんですね・・・」

 霞美と声を掛け合うと、ジュンはベットから起き上がる。2人が無事を喜び、厚い抱擁を交わす。

「よかった・・・私、守ることができた・・・」

「ジュンちゃん・・・」

 互いに涙を浮かべるジュンと霞美。

「体も心も無事のようだね、ジュン・・」

 そこへえりなたちもやってきた。目から涙をあふれさせて、ジュンは微笑んで頷く。

「心配をかけました・・でもやっと、みんなのいるこの場所に戻ってくることができました・・・」

「本当によかった・・・でもまだ意識が戻ったばかりだから、今は休むこと。みんな復興に時間がかかるから・・・」

 敬礼を送るジュンにえりなが呼びかける。えりながジュンの頭を優しく撫でる。

「あなたの力が、みんなの支えになった・・もしもジュンがいなかったら、みんなどうなってたか分かんなかったよ・・・」

「そんな、さすがに褒めすぎですよ・・・」

 えりなからの賞賛に、ジュンは思わず頬を赤らめる。だが霞美に視線を移すと、ジュンは表情を曇らせる。

「霞美さんたちは、これからどうなるんですか・・・?」

「まだ確定というわけじゃないが、重罪には科せられない・・オレたちが保護観察にまで引き下げてやる・・・」

 ジュンの不安を込めた問いかけに、ユウキは微笑んで答える。その返事にジュンは笑顔を取り戻した。

「ジュン、今は霞美さんと体を休めて・・休んだ後は、やることが山のようにあるから、覚悟していてね・・」

「もう、少しはいたわってくださいよ、えりなさん・・・」

 えりなに言いとがめられて、ジュンが気落ちする。そのやり取りにこの場にいる全員が笑みをこぼした。

 このひと時が、自分が求め続け、自分が守ろうとしていた幸せ。霞美は今、自分の幸せを自覚していた。

(もう、この幸せを見失わないようにしないといけないね・・・)

 胸中で気持ちを引き締めた霞美は、これから待ち受けているものを乗り切っていこうと心に誓った。

 

 その後、えりなたちは霞美、ララ、フューリーとともに地球に赴いた。霞美のカオスコアがもたらした石化異常の中和に尽力していたコロナと、事件調査を続けていたカナと合流した。

 事件の沈静化を聞かされたカナは、単独捜査の終了と報告を支部長に行うと、霞美たちと別れて日本を発った。

 報告内容はエネルギーの衝突による微弱な空間歪曲が発生していた、というものとなった。事実をそのまま伝えたところで、非現実的と見られて相手にされないのが関の山である。

 カナとの束の間の時間を大切にして、霞美たちは彼女を笑顔で見送った。

 

 こうして、今回のデルタの戦いは集結し、事件も沈静化に向かいつつあった。

 クラナガン、デルタ本部の復興も完了に向かい、新しい時間を迎えようとしていた。

 だが今回の事件と戦いは、時空管理局やデルタ、ミッドチルダや地球の人々に多くの課題を浮き彫りにした。

 管理局の行いが、イースという脅威を生み出してしまったこと。イースが次元を隔てた地球の影であったこと。みんなのためにしたことが、1人の少女の心を暴走させてしまったこと。

 これらの全てが悲劇を招いてしまった。そのことを心に深く刻み、過ちを繰り返さないようにする。

 新たなる決意に後押しされて、えりなたちは心身ともに強くなっていこうとしていた。

 

 そんな中、霞美はユウキから、時空管理局への誘いを告げた。魔導騎士である霞美の力を有効かつ最大限に活かそうとしたユウキの考慮だった。

 だが霞美は、短期大学に在学中の身であるとして、その誘いをひとまず断った。だが完全に断念したわけではなく、学業と事件の償いに専念したいという彼女の意思だった。

 ユウキやえりなたちは、霞美がいつでも管理局に赴けるようにして、いつまでも待つと答えた。

 人生はその人自身で決めていくもの。たとえ助力を向けられても、それに答えるかどうかもその人次第。

 なのは、フェイト、えりな、スバル、ジュン、マコト。彼女たちは自らの意思で、自分の道を切り開いている。

 霞美もまた、自分の人生を進み、その中の選択肢を選びつつあった。

 彼らの未来の道は、まだまだ長く続いているのだ。

 

 イース事件から1ヶ月が過ぎようとしていた。クラナガンもデルタ本部も復興を果たし、襲撃があったことがウソであるかのような日常が送られていた。

 独立捜査官への道のりを、ジュンとマコトは進んでいた。

 自分の道は自分で決めて、自分で進んでいく。2人はこれまで対面、対立してきた者たちと同じ信念を抱いていた。

 だがジュンは、本格的にこの道を進む前に、あることに臨もうとしていた。

 それは自分にこの信念を固めさせてくれた相手、えりなとの全力の試合。

 わがままなことだと思われて断られるだろうとも、ジュンは思っていた。だが彼女の素直な気持ちを汲み取ったえりなは、この申し出を受けることにした。

 そしてついに、2人の試合の日を迎えるのだった。

 

 試合の場に指定された場所には、大勢の観客が詰め掛けていた。どこからこのことを耳にしたのか、噂が噂を呼んで、周囲は見物人で埋め尽くされることとなった。

 えりなとなのはの真剣な試合に勝るとも劣らない勢いとなっていた。

「おい、おめぇら!見せもんじゃねぇんだぞ!早く持ち場に戻れって!」

 これを見かねて、健一が怒鳴って追い返そうとするが、周囲の人間は全くと言っていいほど引き下がらない。この状況に健一は呆れて肩を落とす。

「ったく!2人は真面目だってのに、連中は遊び気分なんだから・・!」

「それだけ見届けたいってことじゃないかな・・私や健一、なのはさんたちだけじゃない。ジュンたちにも活躍してほしいって・・」

 不満を浮かべる健一とは対照的に、えりなは落ち着いていた。そばには明日香と玉緒の姿もあった。

「周りは気にしない。これはえりなとジュンの試合なんだから・・」

「どんな勝負になるのかな?・・単純に考えるとえりなちゃんが上なんだけど、ジュンは今まで旅してきて、霞美さんを助け出したし・・もしかしたらっていうのもあるかも・・」

 微笑みかける明日香と、期待に胸を躍らせる玉緒。

「おめぇらまでそんな調子になるなって・・そんなんだから周りにそんな気分が伝染すんだよ・・」

「そういう健一くんは楽しみじゃないの?」

 憮然としていたところを玉緒に言いかけられて、健一が完全に滅入ってしまった。

「あんまりからかわないでって、2人とも。健一も健一なりに気になってるんだから・・・」

 そこへえりなが苦笑いを浮かべて声をかける。すると明日香と玉緒が気まずさを浮かべる。

 彼らの緊張感が和らいできたところで、ジュンがマコト、クオン、ネオン、レイとともに姿を現した。

「対戦相手がやってきたか・・・」

 ジュンたちに眼を向けた健一が不敵な笑みを見せる。

「やっぱり健一も楽しみにしているんじゃない・・どっちを応援するつもりなの・・?」

「さぁな・・どっちも全力で、悔いのないようにやってほしいとは思ってるけど・・」

 訊ねてくるえりなに、健一は悠然とした態度で答える。やがてジュンだけが前に出て、えりなの眼前に立つ。

「ありがとうございます、えりなさん・・この頼みを聞いてくれて・・・」

「ううん、いいよ・・私も、あなたの力を、体を張って確かめたいと思っていたし・・」

 感謝を見せるジュンに、えりなが笑顔を見せる。

「ジュン、あなたには強さがある・・力だけじゃなく、心の強さも・・・」

「でもその強さを引き出してくれたのは、えりなさんです・・えりなさんたちと出会えたから、力の使い方を学んで、本当の意味で強くなることができた・・私自身の答えを見つけることができた・・・」

 優しく言いかけるえりなに、ジュンが決意を告げる。

 自分が求めていた答えを見出したのは自分自身。だがそこまで導いてくれたのは、たくさんの人たち。

 目の前にあるもの、大切なものを守っていきたい。それがジュンの願いであり、決意であった。

「えりなさん、私はあなたとお話しをしに来たのではありません。そろそろ始めてもいいですか・・・?」

「そうだね・・私は準備はいいけど、ジュンは大丈夫?」

「大丈夫です。ここに来る前にウォーミングアップしてきましたから・・」

 声を掛け合って笑顔を見せるえりなとジュン。臨戦態勢に入るため、2人は距離を取る。

(えりなさん・・あなたがあなたの道を進んでいるように、私も、私だけの道を進んでいきます・・)

 ジュンが胸中で数々の思い出を思い返していく。

(スバルさんたちが自分たちの道を進んでいき、マコトや霞美さん、クオンも自分の道を進んでいこうとしている・・私も、私の道を進んでいく・・・)

 それぞれの道を歩む仲間たちのことを思い返し、ジュンは微笑みかける。

(この勝負の先に、私の道が続いている・・・!)

 集中力を高めたジュンがフレイムスマッシャー、フレアブーツ、自身のバリアジャケットを身にまとう。えりなも自身のバリアジャケットを身に付け、ブレイブネイチャーを手にしていた。

「それでは行きますよ、えりなさん!」

「うん!あなたの全力全開、見せてもらうよ!」

 呼びかけるジュンが飛び出し、えりなが迎え撃つ。

 それぞれの道を突き進んでいく少年少女。えりな、そしてジュンの道は、これからも長く続いていく。

 

 

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