Blood File.25 心強くあるための出発(たびだち)

 

 

「めぐみちゃんの力が消えたから、石化された女性たちも元に戻ったはずだ。」

 部屋の出入り口を見つめて、ワタルが呟く。めぐみからディアボロスの力が消失したことにより、海気にさらわれた女性たちの石化は解けたはずである。

 ワタルが耳を澄ますと、困惑した女性たちの声が聞こえてきた。ブラッドとしての聴覚が、かん高い女性たちの声を捉えたのである。

 石化とめぐみを捕らえていた呪縛が解け、いちごたちは喜びを分かち合っていた。しかし、ワタルの心は歓喜一色ではなかった。

「海気・・・」

 ワタルは、横たわった海気の体を抱き起こした。かつての親友は自分の欲望に囚われ、ディアスの力を受け入れ、同じディアスの力によってその命を閉じた。

 友を失った悲しみに打ちひしがれるワタルを見て、めぐみの眼にも悲しみが映る。

「ごめんなさい・・・許してもらえないのは分かってるけど・・・」

 眼から大粒の涙をこぼすめぐみ。ディアボロスの力で海気を殺したのは彼女なのである。

 その姿を眼にやって、ワタルは海気を近くにあった椅子に下ろし、あゆみに抱き寄せられているめぐみへと近づいた。

 めぐみの眼前で立ち止まったワタルは右手をそっと動かした。叩かれると思い、めぐみは目をつぶって覚悟を決めた。

 ところがワタルは、めぐみの頭にそっと手を乗せ、優しく撫でた。

「えっ・・・?」

 予想していなかったことにめぐみは戸惑った。憎いはずなのに、彼女を優しく受け止めているワタルの行為を、めぐみは不思議に感じていた。

「君が悪いわけじゃない。悪いのはむしろオレのほうだ。」

「えっ!?でもワタルお兄ちゃんは・・!」

 自分を責めるワタルに、めぐみは慌てて弁解しようとする。心配してくれる彼女に、ワタルは物悲しい笑みを見せた。

「オレがもっと心が強かったら、あゆみちゃんやめぐみちゃんが辛い思いをすることもなかったし、海気も死なずに済んだんだ。全ては、オレの弱さが引き起こしたことだ。」

「お兄ちゃん!」

 泣きついてくるめぐみを、ワタルはそっと抱き寄せた。

「そんなに自分を責めないで!私が、私が・・!」

「自分を責めてるのは、君のほうだよ。」

 ワタルに言われて、めぐみははっとしてワタルから体を離す。

「誰だって辛いことや、自分でも許せないことを経験するもんなんだ。どうしても自分に納得してないなら、強くあろうとすればいい。力だけじゃなく、心を・・」

「心・・?」

 心の強さ。それはめぐみを想っていたあゆみの問題だったことでもある。

 様々な辛さに傷ついた彼女の心は、その恐怖をも刻み付けられて弱くなってしまっていた。あゆみもその辛さに立ち向かい、本当の心の強さを得ることをワタルに教えられたのであった。

「大丈夫だと思うよ。君とあゆみちゃんなら、どんなことも乗り切れるさ。」

 ワタルが自信のあふれた笑顔を見せる。めぐみの顔にも笑顔が戻り、それをあゆみに見せる。

 その直後、めぐみの顔から笑みが一瞬にして消えた。部屋の出入り口からあゆみを狙って、右手を伸ばして光を灯している人影が見えた。

「危ない!」

 めぐみは血相を変えて、何事かとドアのほうに振り返るあゆみに駆け寄った。同時に、光が細い光線となって、あゆみに向かって伸びていった。

 横からめぐみに突飛ばされるあゆみがしりもちをつく。顔を上げると、光線に胸を貫かれためぐみの姿が眼に入った。

「・・めぐみちゃん!!」

 あゆみは眼の前で起こっている現実に眼を疑った。口から血を流し、めぐみが力なく倒れる。

「めぐみちゃん!」

 傷ついためぐみに駆け寄るいちごたち。

 苛立ちが込みあがるワタルがドアのほうに眼をやると、不気味な哄笑を上げているいずみの姿がそこにあった。

「いずみちゃん・・・」

「どうして!?私が倒したはずなのに!?」

 彼女の姿を見たいちごが驚愕する。満身創痍ではあるものの、いずみは確かにそこに立っていた。

「外に放り出された私にとどめを刺さないなんて甘いね。もうちょっとでお姉ちゃんを殺せたのに、邪魔されちゃったね。今度はちゃんと当てるからね。」

 そう言っていずみは部屋に入り込み、再び右手を伸ばした。いちごとの戦いで受けたダメージによって、力の代償となる血を大量に消費してしまい、再生と光線を放つことはできるが、体を金属質に変化させることはできなくなっていた。

「貴様・・きさまぁぁーーー!!!」

 そのとき、張り上げる叫びとともに、ワタルから荒々しいオーラが放出した。彼の中にあるSブラッドの力が激しく渦を巻いていた。

 そしてその力が収束し、紅い剣を出現させた。

「な、なんて力なの!?今まで感じたことのないほどに強烈な力・・!」

 驚愕するいずみに、いきり立ったワタルが飛びかかって剣を振り下ろした。いずみはすぐさま光を剣に変えてそれを受け止める。

「ぐっ!強い!このままじゃ押される!」

 紅い剣がなぎ払い、いずみがうめいて弾き飛ばされる。

 間合いを計って体勢を立て直そうとするが、ワタルはすぐに突進してきた。

「速い!」

 突き出された刃が右二の腕をかすめ、いずみが舌打ちする。

 ワタルは怒りのあまり、息が荒くなっていた。ブラッドの弱点である動揺や混乱をきたしているわけではなく、めぐみを手にかけたいずみに対する怒りが、ワタルの心を満たしていた。

「貴様だけは、絶対に許さん!!」

 ワタルが三度剣を振りかざす。いずみは冷静に、ワタルの持つ剣を弾き飛ばそうと狙いを定め、剣を振り下ろすワタルの右手を叩こうと剣を振り上げた。

 痛みで剣を落とし、ワタルは無防備になるはずだった。

 しかし、いずみの剣の刀身のほうが叩き折られてしまった。

「なんで!?」

 驚愕するいずみに、鋭い眼差しを見せるワタルが剣を力強く突き立てた。剣はいずみの胸を貫き、鮮血と吐血がワタルに降りかかる。

 ワタルは剣を通して、いずみに破壊の思念を送り込んだ。彼女の核を狙う殺意を。

「い、いやあぁぁぁーーーー!!!」

 思念に核を破壊され、絶叫を上げるいずみの体が紅蓮の炎に包まれた。

 剣を引き抜いたワタルの眼から、涙が流れ落ちた。それはあゆみの唯一の家族を殺めた自分を責めているものなのか、それともめぐみを傷つけられた怒りなのか。その答えはワタル自身にも分からなかった。

「めぐみちゃん!」

 ワタルは剣を消して、いちごやあゆみたちに介抱されているめぐみに駆け寄った。

「めぐみちゃん、しっかりして!」

 あゆみが悲痛の叫びを上げて、めぐみを必死に呼び起こそうとする。妹同然の絆となった少女が、その命の灯が弱まってきていた。

 胸から血を流しているめぐみは、あゆみに力なく手を伸ばし、薄っすらと笑みを浮かべる。

「お姉ちゃん・・私は大丈夫・・だよ・・・」

「あゆみちゃん、ダメ!死んじゃイヤだよ!」

 作り笑顔を見せるめぐみにすがりつくあゆみ。

「あゆみお姉ちゃんと会えて、私は嬉しかったよ。お姉ちゃんと一緒にいたい・・その願いは、もう叶ってるんだよ・・・」

 めぐみを抱きしめるあゆみの体から淡い光が灯り、背中から白い翼が広がった。

「めぐみちゃん、私が助けるからね!」

「やめろ、あゆみちゃん!」

 めぐみを助けようとするあゆみをワタルが呼び止める。

「ブラッドの力は無敵というわけじゃない!力を使えば、それに相当する血を代償にすることになるんだ!瀕死の重傷を治そうとするなら、あゆみちゃんのほうが死んでしまうぞ!」

 ワタルには分かっていた。ブラッドの力を使えば、同等の血の代価を払うことになる。いくらSブラッドになったからといっても、死にそうになっている人間を復活させるには、かなりの血液を消費することになり、あゆみの命に危険を伴わせることになる。

 あゆみの身を案じてワタルは制止しようとするが、彼女はその呼び止めを聞こうとはしなかった。

「私は死なない!めぐみちゃんは絶対に助ける!そして私も生きる!2人で幸せをつかみ取るんだよ!」

 何が何でもめぐみを助けたいと願うあゆみがSブラッドの力を発動し、髪の色が白くなる。彼女の願いに、ワタルは心を打たれた。

「オレも手伝うよ、あゆみちゃん!」

「ワタル!?」

 驚きの声を上げるあゆみに抱えられためぐみの胸に手を当てるワタル。

「オレもSブラッドだ。同じイメージを送り込めば、負担も半減するだろう。」

 笑みを見せるワタルに、あゆみは安堵する。それに乗じて、いちごもしゃがんでめぐみに手を添える。

「これで負担は3分の1だね。」

「・・ああ。そうだな。」

「いくよ、みんな!傷を受ける前まで、めぐみちゃんの時間を戻すのよ!」

 あゆみの指示にワタルといちごは頷き、胸の傷口に手を当てて力を注ぎ込む。

「ったく!こんなときに何もできないなんて!」

 3人の姿を見て、自分の無力さに苛立つなる。そんな彼女の肩に優しく手を乗せるマリア。

「信じましょう。いちごたちが、めぐみちゃんを無事に助け出すことを。」

「・・ああ。そうだね。人間のあたしたちは信じてやるしかないね。」

 めぐみの無事を祈り、3人の姿を見つめるなるとマリア。

「めぐみちゃん、お願い!帰ってきて!」

 あゆみの切実な願いを込めたブラッドの力が、光となってめぐみの体を包み込んだ。

 めぐみを助けたい。どうしても助けたい。あゆみだけでなく、ワタルといちごの願いはひとつだった。

 やがてめぐみを包む光が治まった。心配のあまり、外からのぞき込むなるとマリア。

 そこであゆみに抱きかかえられていたのは、かん高い泣き声を上げている赤ん坊だった。

「えっ!?」

「あ、赤ちゃん・・・!?」

 予想外の出来事に、なるとマリアは絶句してしまう。ワタルは頭に手を乗せて、深くため息をつく。

「力を注ぎ込みすぎたあまり、時間を戻しすぎた・・」

 その赤ん坊はめぐみだった。時を操るSブラッドのちからで傷口は消えて一命を取り戻したものの、力のコントロールがうまくいかず、彼女の肉体時間を赤ん坊にまでさかのぼらせてしまったのである。

「元に戻すことはできないんですか?」

 マリアが心配そうにめぐみを見下ろす。ワタルは肩を落として、

「ブラッドの力は幼い幼児には負担が大きすぎる。元に戻す前に、今度こそ命を落とすぞ。」

 落胆するワタル。それにも関わらず、あゆみには笑顔が浮かんでいた。

「でもいいよ。めぐみちゃんが無事に帰ってきたんだからね。」

 あゆみの喜びに、ワタルたちにも笑顔がよみがえった。あゆみの柔肌に抱かれて、泣き止んだめぐみが笑顔を見せて笑っていた。

「ホントに・・ホントによかった・・・」

 

 翌朝、連絡を受けた警察によって、誘拐された女性たちは無事に保護された。被害者は犯人に石にされたという証言を繰り返したが、警察は世迷い言だと思って信じなかった。

 結局、女性の衣服を剥ぎ取って全裸にしたとして、海気を犯人とした。犯人は自分の犯行を責めて自殺したと発表した。

 海気の屋敷は警察が押収。街の新たな施設として改築することになった。

 徹底した怪事件への調査は、特別調査団全員の消息が分からなくなり、また警察にとっても恐ろしい脅威であることを思い知らされたため、調査を全面的に打ち切った。

 

 1週間後。

 ワタルは海辺に足を踏み入れていた。

 海気の死を弔うため、花束を持って彼は砂浜を歩いていた。

 そこにいちごが駆け寄ってきた。

「ワタル!ワタル・・・」

 いちごはワタルの気持ちを察して、物悲しい表情になる。ワタルはそんな彼女に笑顔を作ってみせる。

「平気だよ、いちご。海気はホントにいいヤツだったんだ。ホントに、最後まで・・・」

 ワタルの顔が次第に曇っていく。

 かけがえのない友を失った彼の悲しみ。それはいちごにも分かっていることだった。

 彼女にも親友がいた。しかし、最強のディアスとして覚醒した親友、あかりは、ワタルの手によって死んだ。

 ディアスの力に関わった者の末路なのか。ブラッドであるワタルたちに関わったせいなのか。その答えを彼らは知らない。知りたくもなかった。

 しかし、そんな逆境に立たされながらも、強く生きていくことを誓ってきた。また苦難や絶望に打ちひしがれることがあったとしても、それでも笑って生きていこうと、何度も決意をしてきたのである。

 いちごは背後からワタルを抱きしめた。

「そんな顔してたら、海気さんが安心できないでしょ?」

「いちご・・・」

 いちごの励ましに、ワタルに再び笑みが戻ってきた。

「そうだな・・・これ以上、海気を困らせるわけにはいかないよな・・・」

 ワタルはいちごに頷き、手に持っていた花束を海に投げ入れた。

 花束は引いていく海の潮水に流されて、沖のほうに運ばれていく。

「お前の分も、幸せに生きてみせるからな。」

 ワタルは振り返り、砂浜を後にする。いちごも彼の後をついていく。海辺沿いの道路には、赤ん坊となっためぐみを抱きかかえたあゆみの姿があった。

 その日、彼女は旅立とうとしていた。めぐみを自力で育て、自らの心の自立を確立させるため、世界を歩いて見てみようと、ワタルといちごにその決意を話したのだった。

「ホントに行くのか・・あゆみちゃん・・?」

 ワタルの問いかけにあゆみは頷いた。

「私、いろいろなことが辛くなって、知らず知らずのうちに弱気になっていた。今こうしてSブラッドの力に目覚めて心の強さを持ったとしても、まだ私は強くなったとは思えない。だから、めぐみちゃんと一緒に、世界を旅してみようと思ったの。」

「でも、あゆみちゃんだけでめぐみちゃんの面倒を見れるの?よかったら、私が何とかしてあげるけど?」

「いいよ。決めたんだ。ずっとめぐみちゃんと一緒にいるって。たとえ自分を追い込む選択だとしても、離れるわけにはいかないよ。」

「あゆみちゃん・・」

「平気だよ。私とめぐみちゃんなら、どんなことにも耐えていける。私はこの子と、精一杯生きる。」

 あゆみの満面の笑みに、ワタルといちごは安堵した。もう心配はいらない。2人は今、最高の幸せの中にいると確信した。

「ちょっと、抱かせてくれないか?」

「えっ?うん、いいわよ。」

 あゆみはワタルにめぐみを預けた。すると今まで穏やかだっためぐみが突然泣き始めた。

「えっ?えっ!?」

 突然のことに戸惑うワタル。いちごがワタルからめぐみを取り上げた。するとめぐみは今まで泣いていたのがウソだったかのように泣き止んだ。

「もう、ワタルったら、不器用なんだから。」

 ふくれっ面になるいちご。落胆して肩を落とすワタル。

 そのとき、船の出発が近いことを知らせる汽笛が高らかと鳴り響いた。

「もう時間だね。」

 いちごからめぐみを受け取り、あゆみはカバンを持って船着場に向かって歩き出そうとした。

「ジョージアさんもやっと退院したし、これから平穏な日々が訪れるぞ。」

 ワタルの呟きに、あゆみは振り向いて笑顔を見せた。

「帰ったら、買いに行くからね。ジョージアさんとワタルたちのパン。」

「ああ。元気でな、あゆみちゃん。」

「私たちはいつでも待ってるからね。」

 手を振るワタルといちごに見送られて、あゆみはめぐみを抱えて歩き出した。心の強さと最高の幸せを胸に秘めて。

 

 海の上を行く船。

 あゆみはめぐみを抱えて、広がる大海原を見つめていた。

「見てごらん、めぐみちゃん。海だよ〜。」

 気さくな笑みを見せるあゆみと、海を目の当たりにして笑うめぐみ。

(必ず帰ってくるからね、ワタル、いちごちゃん。めぐみちゃんと精一杯生きて、もっと強くなって帰ってくるからね。)

 決意を新たに、あゆみは旅立つ。小さな命とともに作る幸せの中で、互いに心強くあるために。

 

 

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