Blood File.20 包囲網壊滅

 

 

「この辺りに間違いないっていちごは言ってたんだけどなぁ。」

 あゆみたちを捜して街を駆け回るなる。ワタルたちも懸命に探し回っているが、発生した力の正体も、あゆみたちの行方も発見できすにいた。

 マリアも必死に駆けていき、やがて裏路地へとたどり着いた。ブラッドでなく、なるのように体力があるほうでもない彼女は、息が荒くなっていて大きく深呼吸を始めた。

「本当。あゆみさんたち、いったいどこにいるのでしょう・・」

 ため息が出るばかりで、手がかりひとつ見つけられない一同。その街は異様なまでに静かだった。

 女性誘拐事件の被害者と犯人を追っている警察の姿が見られず、人はワタルたちを除いて数人しか見当たらなかった。

 マリアは一抹の不安を抱えながら、裏路地を見回していった。

 するとマリアは、1人の人影に眼が止まった。その姿に彼女は驚愕した。

 その姿、その横顔は紛れもなくめぐみだった。ただし彼女は白みがかった灰色の肌をしていて、身動きひとつせずにその場に立ち尽くしていた。

(寒いよ〜。こんなに寒いのに、着てるものみんな破られて、体が全く動かせない。海気お兄ちゃんは体には何ともならないと言ってたけど、私の気持ちのほうがどうかなっちゃうよ〜。)

 めぐみが胸中で、自分の置かれた状況を嘆いていた。海気の力を受けて彼女の体は石化し、衣服も破られた。そんな状態で夜の街に放置されてしまったのである。

 しかし、近くにいたマリアに、彼女の心の声は伝わらなかった。マリアはワタルたちを呼ぶため、慌ててその場から駆け出した。

 

「そんな・・めぐみちゃん・・」

 マリアに連れられて裏路地に駆けつけたいちごが、動揺の色を見せる。めぐみが裸の石像にされて、その場に棒立ちになっていたのだ。

「これは・・」

 ワタルも驚愕の声を漏らす。

 かつてのいちごの親友、あかりもディアスとして覚醒させた力で、そのような石化を行っていた。

 同じ力を持ったディアスの仕業なのだろうか。しかしあかりは、最強のディアスとして覚醒された。彼女と同等の力を持つディアスが存在するはずがない。

(もうじき、我が力を、ディアスの神としての力を受け継ぎし者が、完全な形でよみがえる。おそらくその者が、お前にとってかつてない脅威となるであろう。)

 ワタルの脳裏に、ディアスの神、ディアボロスの言葉がよみがえる。

(もしかして、ディアボロスの力を継いだ者の仕業なのか・・?)

 ワタルが胸中で呟き、視界を現実に、めぐみに寄り添ういちごたちに戻す。

「みんな、めぐみちゃんと話してみる。石にされても意識があるなら、ディアスの力で心が読めるはず。」

 そう言っていちごは、めぐみの胸元に手を当てる。意識を集中させて、水の底に沈んだ泥をすくい取るようにめぐみの心に入り込むイメージを描く。

「めぐみちゃん、めぐみちゃん、聞こえてたら、返事して!」

 いちごがめぐみに呼びかける。その姿を見守るワタル、なる、マリア。そしてその返事はすぐに返ってきた。

(お姉ちゃん!私の声が聞こえるの!?)

「あっ!めぐみちゃん!」

 めぐみの心の声を聞き、いちごの顔がほころぶ。その様子を見計らってか、なるがワタルを遠ざけようとする。

「ち、ちょっと、なる!?」

「女の子の肌を見ようなんて10年早いよ。さ、男はちょっとどいててね。」

 慌てるワタルを、なるがそそくさに連れ出す。その姿を苦笑いで見送りながら、いちごは再びめぐみの声に耳を傾ける。

「めぐみちゃん、誰がこんなことを・・!?」

 いちごの疑問に、めぐみの悲痛な声が答える。

(いちごお姉ちゃん、海気さんが、私をこんなふうにして、あゆみお姉ちゃんを連れてっちゃったの・・)

「ウソ・・海気さんが・・」

「何っ!?」

 めぐみの言葉を聞いたいちごの呟きに、ワタルが血相を変えた。なるを押しのけて、めぐみの石の体に詰め寄る。

「そんな・・そんなバカな!海気が、海気がこんなことをするなんて!」

(でもホントだよ!海気さんの様子がおかしくなって、そしたらこんなことになって・・)

 めぐみの語る真実に、ワタルは憤慨して顔を歪める。苛立ちで、めぐみの石のからだを掴む手に力を加える。

「ワタル、落ち着いて!めぐみちゃんにあたったらかわいそうだよ!」

 寄り添って必死に呼びかけるいちごに、ワタルは我に返った。両手に込められた力を抜いて、肩を落とす。

「ゴメン・・しかし、信じられない。海気がこの事件の犯人だなんて・・」

(私だって信じられないよ。海気お兄ちゃんが、こんなことをするなんて・・)

 ワタルもめぐみも、海気が犯人だとは認めたくなかった。しかしめぐみはその眼で、海気が自分を石に変え、あゆみを連れ去る姿を見ている。眼の前で起こった現実を、誰も否定することはできない。

「どうするのですか、ワタルさん・・?」

 重苦しい沈黙をおいて、マリアがワタルに声をかけた。

「とにかく、オレはこれから海気のところに行く。あいつと話し合いたいし、あゆみちゃんもめぐみちゃんも助けないと。」

「いえ、そのめぐみちゃんのことなんですが・・」

「えっ?」

 マリアの質問の意味を理解して、きょとんとした表情になる。

 石にされためぐみを、このままこの裏路地に放置しておくわけにはいかない。なんとか安全な場所に避難させなくてはならない。

「君の家でかくまえないかな、マリアさん?」

 照れ笑いしてお願いするワタルに。マリアは笑顔で頷いた。

「いいですよ。電話して私の家まで送りましょう。」

「いや、だから、その・・」

 ワタルが言葉を切り出せず、戸惑う。

 石にされ裸にされためぐみを連れて行くのは、事情を知らなければまず躊躇してしまうことだった。

「大丈夫ですよ。私の家にいる人たちは、ほとんど温厚ですから。」

 マリアのこの言葉で、ワタルの不安は解消された。マリアは、ワタルといちごがブラッドであることを家の人たちにあえて話した。彼らは種族の違いによる偏見や萎縮はしないほど温厚で、マリアが信頼できる人たちである。

「めぐみちゃん、私たちが必ずあなたを、あゆみちゃんを助けるからね。」

(うん・・)

 いちごのかけるいちごに、めぐみは心の中で頷いた。その横で、マリアが携帯電話を取り出し、めぐみを運ぶために家に連絡を入れた。

 

「くそっ!どこに逃げおった!?」

 石田が苛立ちのあまり、声を荒げる。

 多くの事件の重要参考人として認識したあゆみを発見した警察は、彼女を追って街をくまなく探し回っていた。

 彼女を連行しようとした際、一緒にいた海気に妨害され、必死の捜索を余儀なくされたのだった。

 しかし、突然立ち昇った光の柱が瞬いたにも関わらず、あゆみの行方を発見できずにいた。

「この辺りにいるはずなんですが・・」

「無駄口はいい!探せ!」

 頭を抱える高瀬に、怒鳴りつける石田。最大の手がかりに手をかけながら手放した結果となり、石田の苛立ちは頂点に達していた。

「そんなにカッカしてたら先が持たないよ。」

 そのとき、2人の耳に少女の声が届いた。2人が振り向いた先に、1人の少女が立っていた。長い黒髪を1つに束ねた中背の少女である。

「なんだい、君は?こんな夜遅くにこんなところにいたら危ないよ。」

 高瀬が笑みを見せながら、少女に近づいていく。すると少女が妖しく笑い始めた。

「どっちが危ないのかな?」

 その直後、少女の体が変形し、着ていた服を破って体を大きく広げた。そして驚愕する高瀬を包み込んだ。

「お、おわぁぁーーー!!」

 絶叫を上げながら、高瀬が金属質となった少女に取り込まれる。その前方部分から彼女の顔が浮かび上がる。その変貌に、石田が動揺を隠せないでいた。

「驚いた?この前、飛行機が消えた出来事があったでしょ?あれはね、私がやったのよ。」

「バカな!そんなバカなことがあってたまるか!」

 混乱しながらも必死に声を上げる石田。現実的な考えの持ち主である彼は、眼の前に起こっている出来事を受け入れまいと必死だった。

 少女は妖しい笑みを崩さずに話を続ける。

「信じられないのも当たり前かな。普通に見える女の子が、あんな大きな飛行機をまるごと包み込んじゃうんだからね。乗ってた人は全員、私の力にさせてもらったわ。」

 少女が金属質の自分の体を抱きしめながら哄笑を上げる。込み上げる混乱を抑えて、石田が拳銃を手にとって銃口を彼女に向けた。

「お前は、何だ!?」

「私は水島いずみ。アンタたちが捜してる水島あゆみの妹だよ。」

「この、バケモノがぁ!!」

 そのとき、警官が数人、金属の物体を取り囲み、その1人が怒号とともに拳銃の引き金を引いた。

 しかし、金属質に変わっているいずみの体には、拳銃の弾丸は全く効果がなかった。

 その脅威に畏怖する警官たちを、いずみは視線を巡らせる。

「どうせ飛行機から落下しながらも生きていたお姉ちゃんを調べるつもりだったんでしょ?そうしてくれたほうが、お姉ちゃんがさらに辛い思いをして、私にとっては都合がいいんだけど・・」

 笑みが消えていくいずみが、金属の物体の中に入り込んでいく。

「私の前をウロウロされると、目障りなんだよね。」

 不気味な声が終わると、金属の物体は再び大きく広がった。そして小さな鉄球に分裂し、それらがさらに広がって警官たちを取り込んでいく。

 石田が眼を見開いて拳銃を構えるが、いずみは素早い動きで彼の背後に回っていた。

 振り返る石田の首を、いずみの鉄の腕が掴む。

「ぐ、ぐおぉぁぁ・・・」

 強く首を絞められ、石田うめいて手から拳銃を落とす。

「アンタがこの警官たちのなかで1番偉いんでしょ?だったら私自身で取り込んであげるよ。」

「なん、だと・・・」

 自分の首を絞める腕を振りほどこうとする石田だが、密着してしまったかのように全く離れようとしない。

「あんまり深く関わると、取り返しのつかないことだってあるんだよ。刑事という仕事だから、仕方ないとは思うけどね。」

「や、やめろ!ごああぁぁーーー!!!」

 いずみの腕が膨らみ、石田を完全に包み込んだ。死への絶叫を上げながら、石田はいずみの力の一部として吸収されてしまった。

 他の警官たちを取り込んだ鉄球たちも、いずみのもとに戻って体内に入り込んでいく。

「アンタたちは裏切り者のブラッド、保志ワタルを倒すための力として使われるのよ。今度こそ息の根を止めて、お姉ちゃんにもっと苦しめてやらないと。たとえSブラッドでも、私の邪魔はさせない!」

 金属質のいずみの体が、元の人の肌色に戻る。強化されていく自分の力を実感し、いずみが咆哮にも似た叫びを上げた。

 

「いちご、ワタルさん、めぐみちゃんは私がきちんと守りますから、海気さんのところに行って下さい。」

 駆けつけた大型車にめぐみを乗せて、マリアがワタルたちに声をかける。彼女の言うとおり温厚だからなのか、運転手はめぐみの異変をさほどに気にしている様子は見られず、笑顔を絶やさずにワタルたちに接してくれた。

 ここまで気にしないというのも、ワタルもいちごも始めは不審に思っていたが、運転手の優しい態度に、次第に心を許していったのである。

「いちご、ワタル、あたしもマリアと一緒にめぐみのそばについてることにするよ。」

「なる・・」

 マリアに続いてなるも車に乗り込む。

「これ以上はあたしやマリアには手におえそうもないと思う。いちごたちはあゆみを助けてくれよな。アイツを救えるのは、アンタたちだけなんだから。」

 なるが笑みを投げかける。彼女が差し出した手を、照れ笑いを浮かべるいちごが握って握手を交わす。

「そんなに期待されても困るけど、大丈夫。私とワタルが、絶対にあゆみちゃんを助けるから。」

 なるとマリアの期待を背に受け、いちごはあゆみを助け出すことを心に決めた。

 しかしワタルは、あゆみの救出において、不安を隠しきれずにいた。

 海気がこの事件の犯人であることが、彼の困惑の最大の原因となっていた。もしも海気を助けることができなかったら、ワタルは自分の手で海気を殺さなければならない。

 悲痛に顔を歪めるワタルの脳裏に、あかりに剣を突き立てるかつての自分の姿がよみがえってきた。

 友を失う悲しみは、2度と繰り返したくない。ワタルは胸中で、海気とあゆみを助け出すことを決意するのだった。

「ワタル・・」

 いちごに呼ばれて、ワタル笑顔を作って振り返る。

「いちご、絶対に助けるんだ。あゆみちゃんも、海気も・・」

 ワタルの言葉に、いちごは頷いた。2人は共通の親友を助けるため、海気の家を目指して街を駆け出した。

 

 街の外れにある海の見える屋敷。その大門の前にワタルといちごは到着していた。

 会計士の仕事のために設けた海気の家である。

(海気、オレはお前を信じ抜くぞ。めぐみちゃんがウソを言っているとはもちろん思わないけど、お前が彼女をあんなにしたとはとても思えないんだ。)

 ワタルは、真実を確かめることに抵抗を感じていた。

 かけがえのない親友が、敵として自分たちの前に立ちはだかろうとしている。だが、連れ去られたあゆみを放っておくこともできない。

 ワタルの中で、2つの思いが葛藤していた。

「いくよ、ワタル。」

 ワタルに笑みを送って、いちごは門を押し開いた。ワタルも覚悟を決めて、敷地内に足を踏み入れた。

 庭の石畳の道を通り、扉を開いて屋敷の中に入った。

(海気、どこだ・・どこにいるんだ・・?)

 気配を探りながら、ワタルが周囲を見回す。玄関は薄い明かりが灯っているだけで、人の気配が感じられない。

「静か過ぎる・・夜中だけど、1人も姿を見せないというのはおかしいよ。」

 いちごも辺りを見回しながら小さく呟く

 ワタルが何かを見つけたのか、突然廊下の1つを目指して進み始めた。

「ちょっと、ワタル?」

 いちごも疑問に思いながら、ワタルの後に続いていく。

 ワタルは感じ取っていた。海気の居場所を。昔からの2人の友情が、ワタルを海気のいるところへ導いているのかもしれない。ワタルの背中を見つめるいちごは、そう思うことにした。

 そしていくつかの部屋の扉を開けると、そこに海気はいた。その姿と部屋の中の光景に、ワタルといちごは驚愕を覚えた。

 部屋には何体もの裸の女性の石像が並べられ、中央に海気と衣服を脱がされたあゆみが横たわっていた。彼女は焦点の合っていない眼から涙を流して放心していた。

「あゆみちゃん・・・!」

 いちごの漏らした声に海気が気付き、振り返って体を起こす。

「ワタル・・ワタルも来たんだ。」

 海気がワタルたちに笑みを見せて、口から流れている愛液を手で拭う。

「あゆみちゃんは僕のものになったよ。彼女の傷ついた心を癒せるのは、もう僕しかいない。」

「海気・・お前なのか・・お前が、めぐみちゃんを石にして、あゆみちゃんにまでこんな・・」

 ワタルが海気の態度にひどく動揺する。いちごも切り出す言葉が見つからず黙り込んでしまう。

「めぐみちゃんはまだ子供だよ。僕の心を満たすには不十分だよ。でも、あんまり邪魔するから、石像にしてあの場に置いてきたんだ。」

 海気が自分の指を舐めながら、満面の笑みを見せる。その態度に、ワタルの中に苛立ちが込み上げてきた。

「女性の肌はいいよ。この滑らかさは僕を心地よくさせてくれる。だけどみんな抵抗するから石像に変えてやったんだ。石になっても意識や感覚は残るから、僕が触れたときの反応を確かめるのも気分がよくなるよ。」

 悩ましい眼をそらして見せた瞬間、海気の顔面にワタルの拳が叩き込まれた。

「ぐっ!」

 うめき声を上げながら転倒する海気。上げた視線の先には、ワタルの怒りに満ちた顔がそこにあった。

 

 

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