Blood –Naked Hearts- File.6 混迷
夜の月を見上げて、腑に落ちない心境を抱えていたサキ。彼女のそばにはアスカが横たわっていた。
吸血鬼の力で暴走したアスカは、サキをも超える力を発揮した。意識を失ったアスカに対し、サキはとどめを刺そうとした。
だがサキはアスカを仕留めることができなかった。アスカに対する感情が、サキを思い留まらせていた。
なぜアスカにとどめを刺せなかったのか、サキは分からなかった。その疑問に彼女はいら立ちを感じてた。
(今の私にとって最も危険な相手だというのに・・なぜ私は、コイツを生かそうとしているのだ・・・)
疑問が膨らんでいくのに、答えを見出すことができず、サキはため息をつく。
(悔いているつもりなどない・・コイツの人生を狂わせたことなど・・第一、私はコイツの知り合いを手にかけてなどいない・・)
サキが割り切ろうと自分に言い聞かせていく。
(コイツは自分の知り合いを殺された復讐をしようとしているに過ぎない・・しかも私も仇だと思い込んでいる・・)
サキはさらにアスカのことを考えていく。
(もしかして・・コイツを私と同じだと思っているのでは・・・!?)
サキはアスカに対して特別な感情を抱いているのではないかと思うようになっていた。
(そんなことはない・・そんなこと・・・)
その考えを振り切ろうとしながら、サキは木の幹に横たわった。周囲への警戒を強めたまま。
暗闇に包まれた部屋の中で、カースはまた女性を弄んでいた。蹂躙によって心地よさを堪能しようとする彼だが、満たされないままに終わる。
「まだだ・・まだ私の心は満たされない・・」
カースがすっきりしない気分を感じて肩を落とす。
「他の誰を相手にしても、私を満足させてはくれない・・やはり彼女でないといけないのか・・・」
カースがサキのことを思い出していく。
「見つけに行かないといけないようだ・・彼女を、本格的に・・・」
自らサキを連れ込もうと考えて、カースは部屋から外に出た。
夜が明けて、サキは目を覚ました。この夜中に奇襲を受けることはなかった。
そしてアスカも続いて意識を取り戻した。
「わ・・私・・・」
「気が付いたか・・また見境を失くしていたぞ・・・」
戸惑いを見せるアスカに、サキが冷淡に告げる。
「お前は私を超える力を発揮し、殺しかけた。私を始末したいという復讐を果たす代わりに、バケモノみたいな暴走に囚われるとは皮肉だな。」
「私が、暴走していた!?・・私が・・・!?」
サキが口にした言葉にアスカが耳を疑う。
「どうしても私を殺したいと思うなら、また見境を失くしてみるか?そのときのお前の力は、私が身を持って強いと言える。今度は息の根を止められるかもな・・」
サキがアスカに対して、さらに皮肉を投げかける。
「お前が心から憎んでいる、怪物同然と化すことになるが・・・」
「私は、アンタたちとは違うと何度も・・・!」
「ならば意識を失ってから目を覚ますまでのことは覚えているのか?勝手な思い込みは抜きで・・」
サキに問い詰められて、アスカが言葉を詰まらせる。
「お前も自覚があるようだな・・自分を見失った自分に・・」
「私は・・アンタたちとは違う・・違うんだから・・・!」
サキが言いかける中、アスカが自分に言い聞かせていく。どんなに念じても自分の思う通りにならないことを痛感しながら。
「非情な現実というものは、どこにでも転がっている・・お前より私のほうが多く体感しているだろう・・」
サキがアスカに向けて語りかける。
「私は純粋な吸血鬼ではない・・お前と同じ、元は人間だった・・・」
サキがアスカに自分のことを打ち明けてきた。
「アンタも、人間だった・・そんな、まさか・・・!?」
「本当のことだ。吸血鬼に血を吸われて、私は吸血鬼となった・・・」
驚愕を見せるアスカに、サキは話をしていく。
「私はある男に捕まり、吸血鬼にされて弄ばれ続けてきた。私はヤツから逃げ出して、生き延びることだけを第一にしてきた。そうしていくうちに、仕留めようとしてくるバケモノどもの相手をしては、返り討ちにする日々が続いていた・・」
サキは語りかけて、アスカにさらに視線を送る。
「理解しようともしないところなのだろうが、私はお前以上の地獄を体感している・・」
「だからって、アンタのしたことが許されることには・・・!」
「そんなことが通じる連中ではなかったぞ。私を狙ってきたバケモノどもは・・」
アスカから睨みつけられても、サキは皮肉を込めた笑みを消さない。
「どうしても私を許せないというならば、己を制御して私を殺しに来ればいい。私も自分を脅かす相手には容赦しないがな・・」
「私は・・もう、アンタたちなんかに・・・!」
「自分たちを脅かす敵を許せない。それはお互い様だ・・」
敵意を消さないアスカと、態度を変えないサキ。
「その気になれば、お前を始末することもできる・・また暴走されるくらいなら、始末したほうがいいとさえ思っている・・」
サキはアスカに言うと、きびすを返して歩き出していった。
(にもかかわらず、私はコイツを仕留めないでいる・・コイツが、私と似た境遇だと思ってしまっているから・・・)
アスカを自分と重ねていたサキは、アスカを手にかけることができなくなっていた。
(非情になれない・・私も、心ある人間だったということか・・・)
自分自身を情けないと思って、皮肉を感じていくサキ。
「待て・・待ちなさい!」
アスカが感情のままにサキを追いかけていく。2人はまた移動を続けていた。
サキを探しに外に出たカース。彼は丘の上から町を見下ろしていた。
(彼女は神出鬼没なのか大胆不敵なのか分からないからね。そういう複雑なのが居場所の予測がつかなくなっているのだけど・・)
カースがサキのことを考えて笑みをこぼす。
(その中で彼女を見つけていくのも面白い・・)
期待と冒険心を膨らませて、カースはサキを探しに移動していった。
自分の意思で歩いていくサキと、彼女を追い続けるアスカ。森を抜けた先の草原に、2人は足を踏み入れた。
そのとき、サキは突然緊迫を覚えて足を止めた。
(この感じ・・いや、悪寒・・まさか・・・!?)
一抹の不安と危機感を感じていくサキ。彼女は周辺への注意を強めていく。
(近くにいる・・間違いなく、私を狙って・・・!)
「お前・・すぐにここから消えろ・・・」
サキが振り向くことなくアスカに呼びかける。
「ふざけないで!私はお前を・・!」
「ここで死にたいのか・・・!?」
いら立ちを見せるアスカにサキが怒鳴る。しかしアスカは聞こうとせず、憎悪を向け続ける。
「他の誰かを気に掛ける・・君にもそんな一面があるなんてね・・」
そこへ声が飛び込んできて、サキが緊迫を募らせる。彼女とアスカの前に現れたのはカースだった。
「久しぶりだね、サキ。やはり君がいないと満足できないよ・・」
カースがサキに向けて気さくに声をかける。サキは振り返ることなく、焦りを感じていた。
「君も吸血鬼のようだ。サキが血を吸ったようだ。」
カースが視線をアスカに向ける。
「誰、あなた!?・・・アイツの知り合いなの・・・!?」
アスカがカースに対して警戒を見せる。
「まぁね・・私は彼女を吸血鬼にしたと言えば分かるかな・・?」
カースが口にした言葉を聞いて、アスカがサキに目を向ける。
「やはり君がいないと満足できないようだ、私は・・」
「私はお前の道具ではない・・お前の思い通りになることはもうない・・・!」
ため息をついてみせるカースに、サキが鋭く言い返す。
「そう言われると、ますます思い通りにしないと気が済まない性格なのは、君も分かっていると思うけど?」
カースは悠然とした態度を崩さない。
「戻ってもらおうか、サキ。私の心を満たしてくれ・・」
「何度も言わせるな・・私はお前の思い通りにはならない・・・!」
手招きしてくるカースの誘いをサキは拒絶する。
「そうかどうかは君が決めることじゃない。私さ。」
カースは悠然とした態度を消さずに、サキに近づいていく。
「待って・・」
そこへアスカが声を変えてきた。カースが足を止めて彼女に視線を向ける。
「アイツは私が仕留める・・アイツがいたせいで、私たちの町は・・みんなは・・・!」
「サキに恨みを持っているのかい。でも悪いね。サキは私が連れていくから・・」
「アイツのせいで私たちはムチャクチャになったの!このまま野放しになんて・・!」
カースに対して感情をむき出しにするアスカ。そのとき、彼女の背後にカースが回り込んできた。
「あんまり聞き分けが悪い人は好きではないんだよ・・」
冷徹に告げた直後、カースが振り向いたアスカの首をつかんできた。アスカがカースの腕をつかむが、振り払うことができない。
「サキは私が連れていく。邪魔をするなら何だろうと容赦はしない。彼女自身が拒んでも、力ずくでも連れていく。私を満たすために・・」
「お前も・・怪物の仲間・・お前たちの、思い通りには・・・!」
低く言うカースだが、アスカは聞き入れようとせず、鋭い視線を返す。
「強情なのも命取りになる・・死を持って思い知るつもりか?」
カースがため息をつくと、アスカの首をさらに絞めつけていく。それでもアスカはカースの腕を振り払おうとする。
そのとき、カースの腕をつかむアスカの両手に一気に力がこもる。この変化にカースが目つきを鋭くする。
「これは・・」
声をもらすカースが、アスカに手を放されていく。カースはアスカの目が血のように紅く染まっていたのを目の当たりにする。
「また、吸血鬼の力を暴走させている・・?」
アスカの状態を察するカース。彼はアスカに手を振り払われる。アスカがカースに鋭い視線を向ける。
「これほどの力・・サキが持て余していることも想像できなくない。」
呟いていくカースだが、まだ悠然さを崩していない。
「ちょっと運動するかな。とりあえずおとなしくさせないと・・」
呟きかけるカースにアスカが飛びかかる。力任せに攻めてくる彼女の手を、カースは軽やかにかわしていく。
「力はあっても獣同然。あしらうのは簡単・・」
悠然と呟いていたカースに、アスカが鋭く手を伸ばしてきた。その手がカースの首をつかんできた。
(何っ!?)
アスカにつかまれたことにカースが驚きを覚える。今度はアスカがカースを持ち上げていた。
(この娘の吸血鬼の本能・・サキだけでなく私をも脅かしかねないほどにまで強力だとは・・・)
アスカの発揮する力に毒づくカース。彼はアスカのつかんできている腕をつかみ返してひねった。
カースの首からアスカの手が離れる。だがカースはアスカの腕が折れた手応えを感じていなかった。
(身体能力も上がっている・・サキが手を焼くのも当然なのかもしれない・・)
アスカの力を痛感して、カースが胸中で毒づく。
「君もとんでもない吸血鬼を生み出してしまったようだね、サキ・・」
カースがサキに視線を移して笑みをこぼす。
「ヤツが生きようとしていたから、血を吸って生かしたまでだ・・今ではそのことを強く後悔しているがな・・」
「君が他の人間の血を吸うこともまた変わったことだけどね・・」
サキの反論を聞いても、カースは悠然さを見せるだけである。
「では改めて・・一緒に来てもらうよ、サキ。」
「いつまでも付きまとわれても鬱陶しいからな・・ここで貴様を始末する・・・!」
手を差し伸べてきたカースに対し、サキが紅い剣を作り出して手にする。
「そんなもので私は仕留められないよ。」
「お前に連れ込まれたときの私と同じだと思うな・・・!」
言いかけるカースに向かって、サキが飛びかかり剣を振りかざす。カースは右手で軽々と剣の刀身をつかむ。
「だから仕留められないって・・」
カースがサキの剣の刀身をへし折った。折れた刀身が塵になって消える。
「では行こうか、サキ・・」
カースがサキを捕まえようとするが、その先に彼女の姿がない。彼が視線を移すと、サキはアスカを抱えて全速力で離れていた。
「まさか君が、そこまであの娘のことを気に掛けているとは・・」
カースが笑みをこぼす先で、サキはアスカを連れて遠ざかっていった。カースは2人を追いかけようとはしなかった。
「急いで捕まえに行くこともない。こういうハンティングもじっくり楽しむのもいい・・そのほうが喜びも膨らむ・・」
悠然とした態度を取ったまま、カースはサキとアスカが去ったほうへゆっくりと歩き出した。
アスカを抱えてカースから逃げ出したサキ。サキは村の近くの林に来たところで足を止めた。
(追ってきていないようだ・・私がヤツから逃げ切れるとは・・)
カースが追ってきていないことに、サキは複雑な気分を感じていた。
(わざわざ急いで私を捕らえるまでもないということなのか・・ふざけたマネを・・・)
カースの態度と行動をサキは不愉快に感じていく。しかし彼女はすぐにいら立ちを抑えて、落ち着きを取り戻していく。
(今は好都合と取っておくか・・・これも、好都合なのか・・・?)
サキがアスカを見つめて、心の中でため息をつく。
(また・・コイツを助けてしまった・・見捨てるほうが私にとっては都合がいいのに・・・)
アスカのことを気にせずにいられず、サキが苦悩を感じていく。
(私は無意識に、コイツに何らかの感情を抱いているようだ・・でなければ、これほど鬱陶しく思っているコイツを完全に見捨てている・・その前にこの手で始末している・・)
さらに苦悩を深めて、サキが頭に手を当てる。
(私はコイツに、何を求めているというのだ・・コイツに、特に感じてもいない罪の償いでもしようとでもいうのか・・・)
答えをはっきりさせられずに疑問を募らせていくサキ。
「わ・・私・・・」
そのとき、アスカが意識を取り戻して体を起こしてきた。
「また見境を失くしていたぞ。だがお前の力、まさかアイツをも驚かせるほどだったとは・・・」
サキがアスカに言いかけて、皮肉を込めた笑みをこぼす。そしてサキはひとつため息をついた。
「もう嫌気がさすな・・アイツに狙われるのも、お前に追われるのも・・・」
サキが両手を広げて、アスカを見据える。
「もう好きにしろ・・私の息の根を止めたいならそうしろ・・」
「いきなり、どういうつもり・・・!?」
「もう逃げ回るのも追い回されるのも嫌気がさした、というだけだ・・お前も私を仕留めることができて、好都合だろう?」
「何を言ってるの・・また何か企んでるの・・・!?」
呼びかけてくるサキだが、アスカは疑念と敵意を向ける。
「私をどう思おうが自由だが、私を仕留められる機会は今だけではないのか?これを逃せば、2度とないかもしれないぞ?」
「お前のせいで・・私たちは、何もかもムチャクチャにされた・・・!」
サキが挑発すると、アスカが平穏だった自分の日常を思い出していく。
「私から何もかも奪ったお前たち怪物たちを・・私は絶対に許さない!」
アスカが怒号を放ち、サキの首をつかんできた。アスカは首を絞めつけて、サキの息の根を止めようとした。
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