Blood -double black- File.6 とうに壊れていたもの

 

 

 ネプチューンの刃がアヤを捉え、鮮血がトモの体に降りかかった。その光景を目の当たりにしたまま、サエは眼が離せなくなっていた。

 しかし、血まみれのトモがゆっくりと眼を開くと、ネプチューンの刃はアヤの左肩に突き刺さっていて、急所である心臓から大きく外れていた。

 死を覚悟していたアヤもそのことに驚きを隠せなかったが、方を突かれた痛みに顔を歪めた。

「なんで・・・」

 ひどく動揺したトモが震える唇で小さく呟く。

「あたしの楽園を奪ったブラッドが憎いはずなのに・・心の底からアンタを恨んでいるのに・・・」

「トモ・・・」

 ひどく怯えた様子を見せるトモに、アヤは小さく声を漏らす。トモはアヤの肩に突き刺さったネプチューンから手を離す。

「殺せない・・・なぜか分かんないけど、アンタを殺せないよ・・・」

 トモの眼から涙がこぼれ落ちる。これほど憎んでいる相手に、なぜそこまで情を抱いているのか、彼女自身にも分からなかった。

 困惑に沈みゆくトモは完全に怯え、きびすを返して逃げるようにアヤから駆け出した。

「トモ!うぐっ!」

 トモの後を追おうとしたアヤだが、ネプチューンの刺さった左肩の痛みにうめき、その場に崩れ落ちてしまう。

「トモ!・・アヤ!」

 一瞬トモに視線を向けるが、戸惑ってアヤに駆け寄るサエ。アヤは刺さったネプチューンを引き抜き、地面に落とした。

「アヤちゃん、大丈夫!?」

「ああ。それよりも、トモを・・ぐっ・・」

 傷ついた肩の激痛に顔を歪めるアヤ。それでもトモを追おうとする彼女に、サエは切羽詰って止める。

「ダメだよ、アヤちゃん!そんな体で・・!」

「行かせてくれ!トモと今話さないと・・!」

 押さえるサエに抗うアヤだが、次第に脱力してうずくまる。

「ほら!とにかく傷の手当てだけでも。」

「いいんだ・・このままにしておいてくれ。」

「そうはいかないよ!」

 アヤが拒むのを聞かず、サエは彼女の介抱のためにシャツをゆっくりと脱がした。するとサエは、アヤの姿に驚きを隠せなかった。

「アヤちゃん・・・これって・・・」

 サエが赤面し、アヤも顔を赤らめた。

「私は・・実は女なんだ・・・」

 アヤは女だった。ふくらみのある胸を白い布で強く巻きつけ、女性としての振る舞いを全てかなぐり捨てていたのである。

 しかしサエはそれほど驚く様子は見せず、笑みをこぼしてカバンに入れていた包帯を彼女の肩に巻いて傷口を押さえようとしていた。その様子にアヤは疑問に思った。

「驚かないのか?」

 するとサエは笑顔で、

「驚いてないわけじゃないけど、そんなに思いつめることじゃないと思うの。ブラッドだったことに比べたら、何でもないことに感じてきちゃった。」

 サエの優しい言葉に、アヤは少し安堵した。こうして自分を受け入れてくれる人の存在が、彼女の沈んでいた心に安らぎを与えていた。

「でも・・」

 包帯を巻き終えたサエが赤面してうつむく。

「私より大きい、アヤちゃんの胸・・」

「えっ?」

 自分の胸を見下ろすサエの言葉にアヤは唖然となる。

「というより、私の胸が小さい気がする・・・」

 気落ちしたサエに、アヤは思わず笑みをこぼす。それに対してサエがふくれっ面になる。

「もう、笑わないでよ!」

「アハハ、すまない。でも、そんなに思いつめることじゃないと思うよ。もう少しすれば大きくなるさ。」

「それ、褒めてないよ・・・」

 さらにいじけるサエに、アヤは右手で頭を抱えるしかなかった。

 

 森のさらに奥に入り、トモは寂しく震えていた。

 ブラッドを憎みながらアヤを倒せなかった自分と、かつて救世主と思っていた彼女に対する想いを抱いている自分が、心の中で葛藤していた。

 自分の信じるものが揺らぎ、トモはひどく動揺して眼から涙をこぼしていた。

「あたし、何を信じたらいいの・・・分からない・・今何をしたらいいのか・・・」

 時が経つにつれて、トモの苦悩は広がるばかりだった。

 考えがまとまらないうちに、トモはうずくまっていた体を起こし、時間の止まった草原の大講堂に戻ろうと足を進めた。

 その直後、トモは足を止め周囲を見回した。数人の人の気配を感じたからである。

「取り囲まれてる。」

 舌打ちするトモの周囲には、数人の男が取り囲んでいた。男たちは不気味な笑いを浮かべてトモを見据えていた。

「おおっ!こんなところにかわいい子がいるぞ!」

「エンストしたのが不幸中の幸いだったな。」

 男たちが徐々にトモに近づいていく。彼らに対し、トモが身構える。

「アンタたち、ブラッドね!」

「その通り。」

 男たちが笑みを消さないまま、両手に紅い光を灯す。

「お前はこの世界で滅多にいないほどの可愛さだ。一緒に来てもらおうか。」

「アンタたちの思い通りにはならないわ!」

 トモは言い放って腰に手を回した。しかし、常備しているはずのネプチューンのスティックがない。

(ない!?そうか!アヤを突き刺したまま、あの場に置いてきちゃったんだ!)

 動揺を隠せないトモは、一気に窮地へと追い込まれた。

 唯一の武器である破邪の剣を持たない彼女は、訓練された護身用の格闘術も歯が立たないまま気絶させられ、男たちに連れ去られた。

 

「トモ!?」

 アヤが突然起き上がり、森の闇を見つめる。

「アヤちゃん?」

 サエがアヤの様子に凝視する。アヤは遠くのほうを見つめているようだった。

「トモが、トモが危ない!」

 アヤがトモを求めて飛び出そうとするが、左肩の傷の激痛がそれを阻む。サエが慌ててアヤを止めに入る。

「ダメだよ、アヤちゃん!まだ動けるような体じゃ・・!」

「傷なら大丈夫だ。何とか動けるまで回復してるはずだ。」

「そ、そんなはずは・・」

 疑いの視線を向けるサエに、アヤは肩に巻いた包帯を外してみせる。ネプチューンで貫かれた肩の傷は、ほぼ完治していた。

「ウソ!?傷が治ってる!?」

 サエが驚きの声を上げる。

 人間の能力を超えたブラッドのアヤは、強力な生命力と治癒力を秘めていた。そのため、瀕死の重傷に思えた肩の傷も、短時間のうちに回復したのである。

「いけない・・トモが何者かにさらわれた。」

「えっ!?トモが!?」

「ああ。私には聞こえた。トモは今はネプチューンを持っていない。こんなときに襲われるなんて・・!」

 アヤには届いていた。トモのかすかに聞こえてきた声を。ブラッドとしての聴覚が彼女の声を捉えていた。

 アヤは自分の歯がゆさに打ちひしがれそうになっていた。自分の過ちのために、彼女を再び危険にさらす結果となってしまった。トモを救えなかった自分が許せなかった。

「とにかく、私はこれからトモを助けに向かう。気配を探れば居場所は分かる。」

「私も行くわ!」

「ダメだ。お前はついてくるな。」

 一緒にトモを助けようとするサエの行為を、アヤは拒絶した。しかしサエは退かない。

「私が行くのはブラッドの世界のど真ん中だ。どんな危険が待ち受けているか分からないんだぞ。ここに残ったほうがいい。」

「それでも私は行くわ!私はいつもトモに助けられてばかりだった。今度は私がトモを助ける番だよ!絶対に行くからね!」

 決して揺るがないサエの決意に、アヤは無言のまま森を進み、ゲートブレイカーを止めている草原のほうへ急いだ。サエもその後に続いた。

 

 アヤとサエはトモを追い求めて爆走していた。アヤの左腰にはウラヌスが、右腰にはネプチューンのスティックがそれぞれ装備されていた。

 しばらく走行すると、突然アヤがふらつき、その拍子でネプチューンのスティックが落ち、それに気付いたアヤとサエがそれぞれ停車した。

「もう、落とさないでよね。」

 サエがバイクから降りて、アヤの代わりにネプチューンを拾いに行く。彼女に視線だけを向けてアヤが、

「サエ、すまない・・」

「アヤちゃんのほうがしっかりしてって感じだよね。今度は私がネプチューンを管理するね。」

 サエがネプチューンを拾って顔を上げると、そこにアヤの姿はなかった。サエを置き去りにして、アヤは1人夜の道を発進していた。

 サエはアヤの消えていく後ろ姿を、呆然と見つめるしかできなかった。

「アヤちゃん・・・」

 顔を悲しみに曇らせ、サエがうつむく。

「アヤちゃんの・・バカ・・・」

 サエは苛立った。単独でブラッドの真っ只中に飛び込んでいくアヤを。それを止められず何もできないでいた自分自身を。

 

 会場内に響き渡る大歓声。冷めやらぬ熱気。

 その中央にイベント進行を務める主催者、ゼンが観客席に声をかけた。

「皆様、大変長らくお待たせいたしました。ただ今より、極上のストリップを大いに堪能していただきましょう。」

 ゼンの声に、観客から歓喜の声が湧き上がる。

「今回はなんと、私たちブラッドに敵対する組織、GLORYの元メンバーを連れてまいりました。」

 今まで感じたことのない観客の歓喜を浴びながら、ゼンはステージ出入り口を指し示した。そこから土台とともに、くくりつけられた鎖に両手両足を縛られたトモが運ばれてきた。

 棒立ちのままもがく彼女に、ゼンがゆっくりと近づいた。

「私たちを敵と認識している人間の少女を、今から石化ストリップにかけたいと思います。」

「ス、ストリップ!?」

 ストリップ、衣服を徐々に外して裸へと近づいていくこの行為に、トモは恥じらいを隠せずにはいられなかった。

「アンタ、何考えてるの!?私を裸にしてどうするのよ!?」

 叫ぶトモに、ゼンが満面の笑みを向けて語りかけた。

「それが楽しみなのですよ。ここにいるお客様も、それを楽しみにして来ているのですから。」

 ゼンの言葉と観客の歓声にトモは愕然とする。

 ここは彼が主催するストリップ劇場であり、各地から美しい、または可愛い女性を連れてきては石のオブジェに変えて、客を楽しませている場所である。

 トモも今、その標的にされようとしていた。

「さぁ、あまりお客様を待たせるのは忍びない。そろそろ始めましょうか。」

 ゼンが不敵な笑みを浮かべて、身動きの取れないトモに近づいていく。

「君はどんな反応を示すのかも、私や皆様の楽しみの1つなのですよ。」

「な、何をしようっていうのよ・・!?」

 恐怖するトモの胸元に、ゼンがゆっくりと右手を伸ばす。そして胸元に指が2本触れた瞬間、ゼンは力を込めてブラッドとしての力を発動した。

   ドクンッ

 力を受けたトモが激しい高鳴りによってわずかに後ろに仰け反る。何をされたのか分からず、トモは自分の胸を押さえたい気持ちだったが、縛られた鎖のためにそれは叶わない。

「ちょっと、あたしに何をしたのよ!?」

 不安混じりなトモの叫びに、ゼンは満足な笑みを浮かべていた。

「準備ですよ。ストリップを始めるためのね。」

「だから何をしたのよ!?そんなんで裸にできるの!?」

「フッ・・すぐに分かりますよ。さて、今日はどこからいきますか・・」

 ゼンは観客に自分自身の問いかけを求める。足、胸、手。様々な部位の名称が会場を飛び交う。

「では、本日は足からいくとしましょう。」

 ゼンの言葉に観客席から大歓声が沸きあがった。その異様な光景に、トモは唖然となって言葉を失った。

  ピキッ ピキキッ

 トモは両足に嫌悪感を感じた。思うように動かなくなり違和感を感じてトモが見下ろすと、靴が壊され、さらけ出された素足が白みがかった灰色に変色していた。

「な、何なのよ、コレ!?」

 変わりゆく自分にトモは驚愕する。同時に観客の歓声がさらに高まる。

 顔を赤らめる彼女を悠然と見つめるゼン。

「そうです。この反応。驚きと怖さを感じながらも恥を抱えるその姿。私をはじめ、ここにいるみなさんの心が満たされる瞬間です。」

「ちょっと!これはどういうことなの!?・・ぅく・・」

 熱さと寒さの入り混じる気分に、トモは顔を歪める。

 石と化した彼女の足は固く冷たくなっていたが、感覚は残っていた。込みあがってくる嫌悪感に、彼女の息が荒くなっていた。

「君は徐々にオブジェと化していくのです。衣服を剥がされても抗うことのできない自分への苛立ち。そしてその変化を心地よくなっていく自分の心の変化。それを楽しみにしている人もいるのですよ。」

「そんな、バカなこと・・!」

「この世界には千差万別の人が存在します。その中で私のように、女性の肌に魅了された人たちがここに集まってきているのです。さて、下から石にしていきますよ。恐怖と混乱で満たされていく君の反応を確かめながらね。」

  ピキッ ピキッ ピキッ

 ゼンの見つめたトモのスカートが裂け、会場中に下半身をさらけ出すことになった。自分の全てをさらけ出されていくトモが完全に困惑してしまい、赤面したまま言葉が出なくなってしまった。

「もう参ってしまったのですか?まだ下を見せただけですよ。これから上を石化して、お客様を湧かせてくださいよ。」

 さらに高まっていく歓声の中、ゼンが冷静さを失ったトモをじっと見つめる。

  ピキキッ パキッ

 石化が上半身にまで浸食し、石となった胸が会場の観衆にさらけ出される。しかしトモはそれを気にする余力はなく、ただ自分の無力さを呪っていた。

(あたしは、何もできないまま、ここで終わっちゃうの・・・?)

 石化の進行によって、トモの決意ともいえる修道服はほとんど破れ、首元から上を残して白い肌を全てさらけ出してしまっていた。大きい反応を見せなくなった彼女の態度を、ゼンは石化していく自分を受け入れて心地よくなっていると感じ取った。

 しかしトモは自分を責めていた。大講堂の仲間の時間を凍結され、救世主を追い求めて孤独に立たされた自分を助けた上司の恩をあだで返してしまい、信じていた救世主が憎むべきブラッドであることを知った。

 何を信じていいのか分からず、彼女は自暴自棄になっていた。

  パキッ ピキッ

 自分を責め続けているこのときも、トモの体は固く冷たい石に変わりつつあった。身に付けていたものも縛り付けていた鎖も、ゼンの石化の力によって全て破壊されてしまい、彼女は棒立ちでゼンの笑みの浮かんだ顔を見つめるしかできなかった。

「・・・ア・・・ヤ・・・」

 脱力した石の体で必死に声を振り絞るトモ。唇も石に変わると同時に、彼女の眼から涙がこぼれ落ちた。それは自分の無力を呪っての涙なのか、アヤに向けて助けを求めての涙なのか。弱りきったトモの心ではそれをも考えられなくなっていた。

  ピキッ パキッ

 涙の流れるトモの頬にもヒビが入り、ヴェールがボロボロになって頭から落ちる。そしてゼンの映る視界がぼやけてくる。

    フッ

 涙を流していた瞳にも亀裂が入り、トモは感極まった歓声を上げる観客たちに見守られながら、一糸まとわぬ石のオブジェへと変わった。

 満面の笑みを浮かべたゼンが、彼女の石の胸に手を当てた。

(・・イヤ・・・触らないでよ・・・)

 トモが胸中でゼンの行為を拒んだ。

 ゼンによって石にされても、意識と感覚は残っている。ゼンに胸を触られたことによって、彼女は心の中でひどく動揺していたのである。

 しかしその声は観客には聞こえない。心の声を聞き取れるゼンも、彼女の願いを聞き入れようとは考えてはいない。

「このふくらみ、この体のバランス。私はこの形に心を奪われます。人間にもこんなに美しい体の少女がいたとは・・」

 しばらく彼女の胸を撫で回してから、ゼンは手を離し、観客席に向き直った。

「さあ、これから新たなイベントを行います。この美しい少女のオブジェを求めて、オークションを行いたいと思います。今夜、心を最大限に満たすのは誰になるのでしょうか。」

(オークション!?もしかしてあたし、このまま売られちゃうの!?)

 トモの心の叫びをかき消すほどに、会場の歓声が最高潮に達していた。

 ここの競売は、先着順100人の参加志願者に入場時に番号札を配布され、競売席という特別席に案内される。そこからゼンの進行のもと、より高い値段を告げた人にゼンが石化した美女のオブジェを落札することができる仕組みになっている。

(あたし、誰かのものにされて、好き放題にされちゃうってこと!?そんなことって・・・!!)

 精神的に追い詰められるトモをよそに、オークションは進んでいき、そして120万円で落札された。

 落札を遂げた1人の男が、ゼンに呼ばれて会場の中央に下りてきた。

「それでは、私たちの運搬係に運ばせましょうか?それともあなた自身で?」

「オレが運びますよ。」

 興奮冷めやらないまま男がトモに近づいていく。トモの不安がさらに広がる。

(お願い!近づかないでよ!きっと家に連れ込んだら、いろんなところ触ってくるに決まってる)

 トモの悲痛の願いも、欲望むき出しになっている男には伝わらなかった。

(もう、ダメ!)

 トモが顔を背ける思いでいっぱいになった。

 そのとき、光の刃が男の体を貫いた。男が自分の体を凝視した直後、崩れるように倒れた。

(この刃は・・破邪の剣!?)

 トモは男に突き刺さった破邪の剣、ウラヌスを視線に映した。

「何者です!?」

 ゼンが振り返った先には、ゲートブレイカーに乗るアヤの姿があった。

(アヤ!)

 トモが胸中で歓喜の声を上げる。ゲートブレイカーから降りたアヤが、鋭い視線を投げかけながらゆっくりと会場の中央に近づいていく。

「な、なんですか、君は!?」

 声を荒げるゼンに、アヤは男に突き刺さったウラヌスを引き抜いて視線を向けた。

「トモを、その子を返してもらおう。」

 

 

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