Blood -double black- File.4 止められた楽園

 

 

 3年前。ブラッドの支配が行われていない頃のことだった。

 天涯孤独の身となったトモは、この草原の大講堂に引き取られることになった。

 彼女はいつもはしゃいでいる元気な女の子で、他の子供たちや教師を困らせていた。

 それは彼女自身の孤独の寂しさを紛らわせようとしていることを、ここの大人たちは知っていた。

 トモはリーダーシップの取れる優秀な生徒でもあった。問題やイベントなどにはいつも率先してみんなをまとめ上げ、積極的な行動を心がけていた。

 そんなある日、トモは級友のエリとユウと話をしていた。

「トモがいると、毎日が退屈しないで済むわねぇ。」

「ちょっと、それってどういう意味よ!」

 顔を赤らめて食ってかかるトモ。思わず笑みをこぼすエリとユウ。

「まるで、楽園だね。」

「えっ?」

 エリの呟きに振り向く2人。そしてトモは笑みを見せて、

「そうね。親も家族もいないあたしたちにとって、ここはまさに楽園だね。」

 この大講堂は孤児院として設置された場所と言っても過言ではなかった。

 ここを設置したオーナーは子供好きで、親を亡くして寂しい思いをしている少年少女を引き取っては、この大講堂を生活の場としてあげているのである。

 両親を亡くし身寄りのなかったトモも、この大講堂に引き取られたのである。

「でも、本当の楽園ってどういうところなんでしょうね。」

 ユウが笑顔で呟き、トモもエリもその夢の世界に心を躍らせた。

「きっと、花が咲き乱れて、とっても綺麗なところなんでしょうね。」

 話が弾む庭に、級友のケンが駆け寄ってきた。

「おーい、トモー!」

「何なのよ、ケン?また悪さでもしたの?」

 トモの指摘に思わずむっとするケン。

「違うよ!ミキ先生がお前に伝言だってさ。」

「伝言?」

「もうすぐエリカ先生が旅行から帰ってくるから、迎えにいって荷物運びしてこい、だってさ。」

「ええ!?なんであたしが!」

「知らねぇよ。文句があるならミキ先生に言ってくれよ。」

 いきり立つトモにそ知らぬ顔をするケン。そのまま講堂へと戻っていってしまった。

「っもう!しょうがないわね!」

 ふてくされるトモに、エリとユウが心配そうに見上げてくる。

「トモ、私たちも手伝おうか?」

「いいよ、いいよ。あたしが無事にエリカ先生を迎えてまいります。」

 そう言ってトモは、元気よく草道を下りていった。

「みんなは歓迎会の準備をしといてね。」

 トモが振り返らずに手を振って、エリたちに指示を送る。

「じゃ、私たちも行きますか。」

「そうね。早くしないとトモがエリカ先生を連れて帰ってきちゃうよ。」

 エリとユウも笑顔で講堂に駆け込んでいった。

 

 エリとユウの指示のもと、第1講堂に歓迎会の準備が着々と進んでいた。なかなか言うことを聞かないケンも、2人に押し切られて渋々手伝った。

 そしてもうじき準備が完了しようとしていたときのことだった。

「あとちょっとで完成。トモとエリカ先生が帰ってくるまでには間に合いそうね。」

 エリの朗らかな言葉にユウは笑みをこぼす。自分たちが講堂に設けたパーティー会場の素晴らしさを自負していた。

 そして講堂にインターホンが鳴り響いた。トモとエリカが帰ってきたと思い、エリとユウが振り返った。そこにケンが先に駆け出していった。旅帰りの教師に悪いことをするのではと心配になり、エリとユウもケンの後を追った。

「あいよ、あいよ〜。」

 愛想のない声を上げて、ケンは講堂の正面玄関のドアを開けた。

 しかし、そこにいるのはトモでもエリカでもなかった。

 長い白髪をなびかせ、不敵な笑を漏らしている長身の男。

「だ、誰だよ、アンタ・・!?」

 ケンはその男の威圧感に恐怖を覚えずにいられなかった。男は玄関に足を踏み入れ、口を開いた。

「この世界の支配者となる、ブラックカオス。」

 そう言ってブラックカオスは右手をケンに伸ばし、光を放った。

「ケン!うぐっ!」

 後を追っていたエリとユウが、閃光の眩しさに眼を背ける。

 光が治まり煙が舞うその場所を見つめた2人は驚愕した。

 恐怖と動揺を顔に残したまま、ケンが体を陰った灰色に変えられて動かなくなっていた。

「ケン・・・?」

 何が起こったのか分からず困惑している2人に、カオスが不気味な笑みを浮かべて振り返った。

「まずは1人・・この子の時間を凍てつかせるのに成功した。」

「イヤァァーーー!!!」

 絶叫を上げながら、エリとユウはカオスから逃げ出した。

 

「イヤァ!」

 怯えながら第1講堂に駆け込んできたエリとユウに、ミキはただならぬものを感じた。

「どうしたの、エリ、ユウ!?そんなに震えて・・!」

 息を荒げて泣きじゃくる2人にミキは詰め寄った。

「おかしな・・おかしな人が来て、ケンに変なことをしたの!」

「ヘンなこと!?」

 エリの言葉に疑問を感じるミキ。周囲の子供たちも2人の様子に困惑を隠せないでいた。

 そのとき、講堂の入り口から閃光が飛び込み、中にいた子供たちの数人を飲み込んだ。

「な、何っ!?」

 エリが驚愕の声を上げる。その眼に飛び込んできた煙の治まった光景は、ケンと同じように固まった子供たちの姿だった。

「あ・・ぁぁ・・・」

 ユウは完全に怯えきってしまったこの講堂に、白髪の男が入ってきた。ブラックカオスである。

「あ、あなたは・・!?」

 カオスの姿を見てミキが眼を見開く。彼女は彼とは知り合いだった。

「覚えていてくれたようだな、ミキ先生。そうさ。私はかつてのあなたの教え子。」

「えっ!?」

 カオスの言葉に子供たちが驚きの声を上げる。

「アキラ・・・」

「その名前は捨てたよ。今の私はこの世界の支配者となるブラッド、ブラックカオスさ。」

 そう言ってカオスが右手を伸ばす。

「この愚かしき講堂は、時間凍結することで私が支配する。」

「みんな、ここから逃げ・・!」

 ミキが血相を変えて子供たちを逃がそうとすると同時に、カオスの右手から放たれた閃光が講堂を満たした。

 

「ほら!早くしてよ、トモちゃん!」

「エリカ先生、ちょっと待ってよ〜!」

 カバンを引きずるトモをよそに、活気のある声を出すエリカ。

「もう、旅行から帰ってきた人が、なんであたしより元気なのよ〜!」

 思わず愚痴をこぼすトモと一緒に、エリカは旅行からこの大講堂に帰ってきたのである。

「さあってと、みんな元気でいるかな〜?」

「もうエリたちが歓迎会の準備、終わっちゃってるかな?」

 汗をかきながらも笑みをこぼすトモ。

 彼女同様、気さくで無邪気、いつも笑顔を絶やさないエリカ。2人は教師と生徒の関係以上に、無二の姉妹の間柄といっても過言ではないほどだった。

 自分と同じものを持っていると感じている2人は、知り合って間もなく意気投合したのである。

「歓迎会って、どこでやるの?」

「第1講堂で準備してますよ。先生が帰ってきたら、またここもにぎやかになるんだろうね。これでケンも少しは大人しくなるかな?」

「なあに?またいたずらでもしたの、ケン?」

「そりゃあ、もう。体はお兄ちゃんでも、中身は子供ね。」

 トモの見せる苦笑いに、エリカは笑う。

「ありがとね、トモ。ご苦労様でした。」

 ヘトヘトになってカバンを下ろすトモを、腰に手を当てて見下ろすエリカ。そんな彼女を見上げて笑顔を見せるトモ。

 大講堂の玄関の扉を開けたエリカ。後に続いていくトモが、彼女の顔に怯えの色が混じっていることに気付く。

「どうしたんですか、先生?」

 不審に思ったトモが、恐怖するエリカの指す方向に眼を向けた。

 そこにはケンがいた。しかし彼の体は陰りのある灰色をしていて、微動だにしていなかった。

「ケン・・?」

 トモの中に緊張感と恐怖が満ちていく。恐る恐る近づいてみるが、ケンは全く反応しない。

「ちょっとケン、何やってるのよ・・・また悪ふざけでもしてるの・・・?」

 怯える気持ちを抑えて何とか笑ってみせるトモ。しかしそれも次第に消えていく。

「何とか言ってよ、ケン!」

 涙ながらに叫んでも、ケンは何も答えない。トモはそのままみんなの待つ第1講堂に走り出した。

「トモ!」

 エリカを慌しくトモを追いかける。

 悪い夢なら覚めてほしい。トモの心はそんな願いと困惑でいっぱいだった。

 講堂の扉は何らかの力で破られていた。その中の異様な光景に、トモの眼に動揺が満ちた。

 さっきまでにぎやかだった講堂の教師や子供たちが、ケンと同じように硬直していた。

「エリ・・ユウ・・ミキ先生・・・」

「時間凍結は完璧だ。これで私はSブラッドの力を手に入れた。」

 混乱するトモの眼に、動きの止まった人々の中の1人の男の姿が映った。

「あなた・・誰よ・・?」

 トモの呟くような声に反応し、男は振り返って不敵な笑みを見せた。

「まだ子供が残っていたか。私はブラックカオス。この世界を支配する者だ。」

「・・みんな、どうしたのよ・・・なんでみんな動かないのよ!」

 恐怖に押しつぶされまいと、必死にカオスに問いかけるトモ。カオスはなおも笑みを崩さずに答える。

「ここにいる人間は全員、私の力で時間を凍らされた。私の力が消えない限り、この者たちは助からない。」

 悠然と構えるカオスを前に、トモの恐怖は怒りへと変わっていった。

「なんで!?あたしたちが何をしたっていうの!?どうしてみんながこんな目に合わされなくちゃいけないの!?」

 トモの憤慨にカオスはあざ笑うように振舞う。

「私はこのブラッドの進化を、時間凍結を試したかった。だが、それだけで彼らを狙ったわけではない。」

 額に手を当てるカオスから次第に笑みが消えていく。

「かつて私はこの大講堂に引き取られていた。だが、私の中にあったこの力に誰もが恐怖し、私を恐れ迫害した。何もしなかった私に対して、酷な仕打ちをしたのだ。ここにいた誰もが。」

「そんな・・そんなこと、あるわけ・・」

「私は何の危害も加えるともりなどなかったのに、ここは私を突き放した!だから私は制裁を加えたんだ!ここで未来永劫、この時の失った場所でい続けるがいい!」

 苛立つカオスが困惑するトモに向けて右手を伸ばした。彼女にもブラッドの力で時間凍結をかけようとしていた。

「逃げなさい、トモ!」

 カオスの右手から閃光が放たれたと同時に、エリカがトモを突飛ばした。トモの身代わりに時間を凍てつかせる光に飲み込まれたエリカ。

「エリカ先生!」

 トモが叫ぶその先で、エリカも時間凍結されてその場に立ち尽くしていた。

「エリカ・・せんせい・・・」

 困惑がさらに広がるトモ。エリカまでもカオスの時間凍結にかかってしまった。

 完全に怯えきってしまう気持ちを抑え、トモは泣きながら講堂を飛び出した。しかしカオスは彼女を追わなかった。

「まぁいい。お前も知るがいい。追放された私の孤独を。そしてその悲しみを私に向けるとき、お前は私の創る世界の栄えある人柱となるだろう。」

 遠ざかっていくトモを見つめながら、カオスは再び不敵に笑う。彼の確立した、時間の流れを操るSブラッドの力が生み出した時間凍結によって、大講堂の時は止められたのだった。

 

「そうか・・ここにいるのは、お前の昔の仲間だったというわけだな・・・」

 トモの話を聞いたアヤが、硬直した人々の姿を見渡しながら呟く。

 様々な凍結の能力を備えたブラックカオスによって、大講堂の子供たちや教師は時間を凍らされた。トモのかつての楽園は、そのときの姿そのままに留まっていた。

「カオスのせいで、あたしのこの楽園は奪われた。もしもリョウ隊長と出会っていなかったら、今頃どうなってたか分からなかった。GLORYが調査を終えた後、初めはGLORYの許可がなければここには入れなかったんだけど、最近はその必要もなくなってきちゃったみたい・・」

 物悲しく笑うトモ。そんな彼女の肩を、アヤが優しく手を乗せる。

「トモ、お前は今でも、カオスを憎んでいるのか?」

 優しく声をかけてくるアヤに、トモは思わず笑みをこぼす。

「憎んでないといったらウソになるわね。でも、みんなを助けるためにも、カオスはどうしても倒さなくちゃならないし、もしかしたらみんな眼を開いてくれると思うから。ブラッドを倒せば、楽園が見つかると思うから・・」

 トモはブラッドに憎しみを抱いていた。自分の楽園を奪い、偽りの楽園を築き上げたカオスを倒すため、彼女はGLORYに入隊し、破邪の剣を手にした。

 拳を握り締めるトモに、アヤはなぜか、心苦しさを感じていた。

 

 講堂を出て、庭に出たトモたち。そよ風のたなびくその場所の空気はすがすがしかった。

「いい風ね。」

 風に吹かれながら、サエが庭の草花に眼をやって感嘆する。

「ここの時間は止まったままだけど、この草原やあたしたちはこうして今を生きている。そう、あたしだけ1人で大きくなってるんだね。」

 トモが照れ笑いを浮かべる。それを見てアヤもサエも苦笑する。

「全てが終わって、みんな元に戻ったら、あたしのこと分かるかな・・?」

 物悲しい笑みを見せるトモの隣にアヤが歩み出た。

「分かるはずだよ。今まで仲良く過ごしてきたんだ。ちょっと先に成長してしまってもひと目で分かるはずだ。」

「アヤ・・・」

「本当の仲間なら大丈夫さ。お前が信じてやらなくちゃ。」

「・・そうだね。あたしが信じてあげないと、みんなに悪いよね。」

 アヤに励まされ、トモに笑顔がよみがえった。

 凍てついて動かなくなった昔の仲間の時間。その時間を再び動かすため、自分の楽園を取り戻すため、トモは改めて決意を固めるのだった。

「いたいた。こんなところにいたんだね、ブラックナイト。」

 声が響き、アヤとトモが身構える。彼女らの眼前に、黒髪の女性が降り立つように出現した。

「誰だ、お前は?」

 アヤの問いかけに女性は笑みを含ませる。

「私はレイ。ブラックカオス様に付き従う者。」

「カオス!?アンタもブラッドなの!?」

 トモがいきり立ってネプチューンのスティックを引き抜いた。しかしレイの視線は彼女には向けられていない。

「お前には用はない。用があるのはお前だ、ナイト。」

「ナイト?」

 レイの言葉にサエが疑問符を浮かべる。

「トモ、お前はサエの側にいろ。こいつとは私が相手する。」

「ダメよ!ブラッドは全てあたしの敵よ!」

「お前があの子を守らないで、誰が守るんだ!?憎しみの気持ちで戦っても、誰も喜びはしないぞ。それに、ヤツは私を指名してきているようだからな。」

 不敵に笑うアヤが、ウラヌスのスティックに携帯電話をセットする。レイの表情が次第に強張っていく。

「私は、カオス様の心を惑わすものは全て許さない。それに、この世界にブラックの名を持つ者は、1人で十分だ!」

 レイは右手に光の刃を出現させる。その力の秘められた威力に、アヤは緊張を覚える。

「ただ者じゃない・・!」

 レイが素早く跳躍し、一気に間合いを詰めてアヤに刃を振り下ろす。アヤはウラヌスの番号1と決定ボタンを押して剣を出現させ、それを受け止めてすぐさまなぎ払う。

 レイは体勢と立て直して着地し、間髪入れずに再びアヤに向かっていく。2つの刃が交わり、つばぜり合いに持ち越された。

「すごい・・圧倒されちゃう・・」

 緊迫するサエ。彼女に近寄り、身構えるトモ。

「ここに来るのも久しぶりだな。」

 背後から突然聞こえてきた声にトモの顔が強張り、サエとともに後ろを振り返る。眼前に立ちはだかる1人の男の姿があった。

「お前もそう思うだろ、トモ?」

「ブラック、カオス・・!」

「そう怖い顔をするな。私は今は戦うつもりはない。」

「ふざけないで!」

 トモはいきり立って、ネプチューンに憎しみの込めた刃を出現させる。その姿をあざけるようにカオスが笑う。

「それよりも、あの戦いを見逃さないほうがいいぞ。面白いものが見られるから。」

「面白いもの・・!?」

 威圧されるサエがトモとともに振り返る。アヤとレイが激闘を繰り広げているその場所を。

 アヤと競り合っているレイがふと笑みを見せる。すると彼女の握る刃が曲がり、ウラヌスの刃をからめ取った。後退したレイは刃を鞭へと変形させ、ウラヌスごとアヤを引き寄せる。

 再び形を剣に変え、レイがアヤの頭部目がけて突きを繰り出そうとしていた。突き出された刃を紙一重でかわすアヤ。そのとき、頭に付けていたバンダナが引き裂かれ、草花の上に落ちた。

 その姿にトモは驚愕した。アヤの頭には、人間のものではない、猫のような耳がついていたのである。

「なに・・あれ・・・?」

 混乱気味のトモがアヤをさらに注視する。陽の落ちていく草原で、アヤの眼の色が赤から蒼に変わっていく。

「ブラッド・・?」

 頭の中が次第に白くなっていくトモ。彼女の混乱する様を見つめて、カオスは不敵な笑みを見せて音もなく姿を消した。

 

 

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