Blood -Chrono Heaven- File.12 絆

 

 

「シュン、何言ってるの!?そんなことしたら、どうなるか分かんないのよ!」

 神に立ち向かうことを告げたシュンに、しずくは声を荒げた。

「でも、これはオレが犯した罪なんだ。オレが力を求めて、周りの時間を狂わせて。天使であるあおいちゃんを連れ去ったのが、この中にいる誰かじゃないとしても、この償いはオレがしなくちゃいけないんだ。」

「シュン・・・」

 自分を責めるシュンに、健人が沈痛な面持ちになる。

 やっとのことで帰ってきたしずくの弟が、再び危険に身を投じようとしている。最悪の場合、このまま帰らぬ人になるかもしれない。

 そんな悲劇はイヤだ。シュンが死ぬなんてこと、絶対にさせない。

 健人としずくの憤りは強まるばかりだった。

「わがままを言っていることも、このことが姉さんや健人にイヤな思いをさせていることは分かってる。でも、これはオレがしたいって決めたことなんだ。自分で選んだ道だから、どんな結果に終わっても後悔はしないよ。」

 シュンの決意のこもった言葉に、健人もしずくも言葉を失う。シュンが自分の道を選んだことに驚きを隠せなかったのだ。

 しかし、これが望んでいたことではないのか。シュンが自分の道を決め、それに向かって進んでいくことが、自分たちにとっての幸せでもあると。

 しずくは自分の心を整理して、再び真剣な眼差しのシュンの顔を見つめた。

「シュン、わたし・・・」

「止めても行くよ、姉さん。」

 しずくの制止も聞かず、シュンは徐々に光が強まっていく空を見上げた。

「あれが、神の怒りを表すいかずちか・・」

 健人が光の神々しさに息をのんだ。本当ならその輝きを目の当たりにする前にその威力を受けているはずであるが、クロノ・ヘヴンに身を置いているため、それを確認することができた。

 シュンは全身に力を込めた。ブラッドとしての力が、紅いオーラとなって解き放たれる。

「シュン、やめて!」

 しずくの悲痛の叫び。しかし、シュンは立ち止まらない。

「見ていて、姉さん。オレの、確信を。」

 シュンは力を収束させた両手を前に突き出し、光に狙いを定める。光はさらにその輝きを強めて接近しつつあった。

 声を張り上げながら、シュンは力を光に向けて発射した。時間の境目となる場所で、2つの強大な力が衝突する。

 しかし神の怒りを込めたいかずちは強力で、いくらSブラッドであるとはいえ、シュン1人では支えることもままならなかった。

「シュン!」

「シュン、やめるんだ!」

「来るな!」

 呼び止める健人としずくをシュンが制した。

「オレの力の全てを出したこの場所に飛び込んだら、時間を止められるくらいじゃすまない!確実に、その人の時間が壊れる!」

 シュンの言葉に健人たちは足を止めた。

 時間の崩壊は、ただ硬直するだけの時間凍結とは違い、その人の死を意味する。その危険に巻き込んではいけないと思い、シュンは健人たちを遠ざけた。

 シュンは右手に水晶を握り締めていた。力を奪う能力を備え、麻衣の力を吸い取った水晶である。

「麻衣、オレに力を貸してくれ・・」

 シュンは水晶を見つめてふと笑みを浮かべる。

 麻衣の命の輝きを秘めた力を込め、シュンは声の限り叫んだ。砕け散った水晶からまばゆいばかりの光が放たれ、シュンの持つ力と合わさって、いかずちに向けて放出された。

 押され気味だった力の衝突は、次第に巻き返してきた。力の相殺を図るシュンがさらに力を注ぎ込む。

 しかし、突如いかずちの力が増し、シュンを追い詰める。

「シュン!」

 叫ぶ健人としずくの声が重なる。

「来るな・・!」

 駆け寄ろうとした健人をシュンが再び制止する。

「オレは・・・オレは姉さんを・・みんなを守るんだ!!・・・オレの罪に、みんなを巻き込めないよ・・・」

 小さく笑みを見せるシュンの姿が、力の衝突によって輝いた光の中に消えた。

 しずくが声にならない叫びを上げていた。取り戻した大切なものが、簡単に崩れ去ってしまったと感じてたからだった。

 やがて光は徐々に退き、健人たちはその光景を眼にした。

 そこにはシュンの姿があった。しかし、彼は色を失い、両手を前に突き出したままその場に立ち尽くしていた。

 全ての力を使い果たし力尽きた彼は、まるで石像になったように白く固まっていた。彼の時間は止まった。いや、彼の時間そのものが崩壊してしまったのだ。

「シュン・・・」

 思考が乱れた状態のまま、しずくはおぼつかない足取りでシュンに近寄った。落ち着きのない彼女の様子にも、もうシュンは反応することはない。

 虚ろな眼をしたしずくがシュンの亡がらを優しく抱きしめた。するとシュンは砂の像のように崩れ去った。

 弟の面影さえなくなった白い砂を見下ろして、しずくはこらえていたものを抑えきれなくなった。大粒の涙が、砂の上にこぼれ落ちる。

 帰ってくると信じていた弟はもういない。自分たちの前に戻ってくることはないのだ。

 崩れ去った砂を握り締め、しずくは悲しみに打ち震えた。

「そんな・・・そんなのって・・・」

「しずく・・・」

 すがりつくように砂の上にうずくまるしずく。その姿を呆然と見つめるあおい。

 健人はしずくの姿を見て呪った。なす術もなかった運命を。その非常さを。

 不安定にあったとはいえ、これだけの力を持ちえながら、なぜ何もできなかったのだろうか。なぜ救うべき人を救えなかったのだろうか。

 自分を無力と思い、健人は胸を締め付けられる気分にさいなまれていた。

 しばらくしずくが泣き崩れていると、あおいが物悲しい笑みを浮かべて近づいてきた。そしてしずくの肩に優しく手を乗せて、囁くように声をかけた。

「帰ろう、しずく・・・」

「でも・・でも・・・シュンは・・・!」

 悲しみに打ちひしがれたしずくはまだうずくまったままである。

「シュンくんはちゃんと帰ってきたよ。しずくたちの心の中に・・」

 あおいのこの言葉に、しずくは顔を上げた。

「しずくたちは、シュンの記憶を、姉弟の絆を取り戻したじゃない。止まっていた時間を、健人としずくの力で動かすことができたじゃない。」

「あおいちゃん・・・」

「私はしずくとシュンくんの中で起きた出来事の当事者じゃないから、どうこう言える立場じゃないことは分かってる。でも、しずくたちの気持ちは分かってるつもりだから。」

 あおいは空を見上げ、さらに話を続けた。

「出会った大切な人は、どんなことになっても、その人の中で行き続けるんだよ。だから、シュンはしずくの中にいるよ・・」

 あおいの励ましの言葉に、しずくは笑顔を取り戻した。

「ありがとう、あおいちゃん・・・そうだよね・・シュンは私たちの中に、ちゃんと生きてるよね・・・そう、信じてあげなきゃ、シュンに悪いよね・・」

 シュンを信じることにしたしずくに、健人にも安堵が戻る。

 そのとき、メロが顔を空に向けると、顔を硬直させる。

「どうしたの、メロ?」

「し、しずく・・あ、あれ・・・」

 震える指で示した空にしずくたちも顔を向けた。そこには、まだ輝きのこもった光が残っていた。

「そ、そんな・・!」

「シュンが、命がけで防いだはずなのに・・・!」

 空の光に健人たちが驚愕する。

 シュンの命を込めた力によって相殺された神のいかずちは、その輝きを完全に失ってはいなかった。そして光は、健人たちのいるクロノ・ヘヴンに向かってきていた。

「こ、こっちに来るよ!」

 あおいが動揺を混ぜた声を上げる。

 いかずちはこのクロノ・ヘヴンに向けて一直線に近づいてきた。先ほどよりも威力は弱まっているものの、ここにいるブラッドを滅ぼすだけの力は残っているようだった。

 しずくたちに絶望の波が押し寄せていた。どうにもならない、死を受け入れるしかない運命に愕然とするしかなかった。

 そんな中、健人はその光を鋭い眼で見据えていた。

(シュン、君だけに全てを任せて、オレたちが戦わないまま終わるのはいけないよな・・・?)

 シュンを思い、健人は戦う決意をした。神に敵対することを。

「しずく。」

「えっ・・?」

 ふと健人に声をかけられ、しずくが呆然と振り返った。

「あおいちゃんとメロを連れて、ここから離れろ。オレは神の力を完全に抑える。」

「け、健人!」

 健人の言葉にしずくが驚愕する。

「ダメだよ、健人!シュンがいなくなって、健人までいなくなったら、わたし・・・!」

 しずくがこみ上げてくる悲しみを抑えることができず、大粒の涙をこぼす。それでも健人は光から眼を背けない。

「オレは生きる。絶対に生きる!しずくやあおいちゃんがこれ以上、悲しい思いをするのは・・オレには耐えられない。」

 健人はしずくたちに、生きる意思を見せた。同じ願いを叶えられなかったシュンの分まで生き続けることを心に誓ったのだ。

「しずく、オレを信じてくれるなら、今はあおいとメロを連れて、クロノ・ヘヴンを離れてくれ。オレは神の怒りを静めたら、すぐに追いかける。」

 健人がしずくたちに笑顔を見せる。周りに、心配しなくていいと思わせるような、心温まる笑顔だった。

 その顔に励まされ、しずくにも次第に笑みが戻る。

「分かったよ、健人・・・でも、必ず帰ってきて・・・大切な人を失うのは、もうたくさんだから・・・」

 しずくは笑顔で頷き、健人は確認して空の光に視線を戻した。

「行こう、あおいちゃん、メロ。」

 しずくがあおいとメロを連れて健人から離れようとすると、あおいが足を止める。

「でも、健人が・・」

「健人は必ず帰ってくる。そう信じて、今はここを離れよう・・」

 しずくは戸惑っているあおいを言い聞かせ、上空を見上げた健人を見つめながらこの場を離れていった。

 1人となった広場で、決意を潜めて立つ健人。

 この光を食い止めなければ、世界は崩壊してしまう。Sブラッドであるシュンの時間凍結がわずかだがその効果が持続しているとはいえ、神の怒りを受ければひとたまりもない。

 健人は全身に、持てる全ての力を集中させた。

(シュン、姉さん、早人・・・)

 命を落とした人たちのことを思い、健人は突き出した両手から力を解放させた。シュンと同じ時間凍結の効果を持つ力である。

 時を止め、その行動を完全に停止させてしまえば、力は消滅の末路を辿る。光の停止と破壊のイメージを浮かべ、力を光に向ける。

 健人の力が神のいかずちとぶつかって、激しい閃光を生み出す。

「オレは、オレはみんなのところに帰るんだぁぁーーーー!!!」

 絶叫を上げる健人を巻き込み、閃光はクロノ・ヘヴンを包み込んだ。

 脱出したしずくたちが、この光景を見つめていた。

「健人・・・!」

 しずくの顔が次第に硬直していく。光は大空に浮上する島を消滅させ、そして消失した。

 しずくが視界を巡らせるが、健人の姿が見つからない。不安がふくれ上がり、体が小刻みに震えだす。

 気がかりになったしずくが、呆然と見上げているあおいとメロを置き去りにして、白く凍てついた草原を駆け出す。ブラッドの力を駆使し、健人の気配を掴もうとするが、それでも発見することができない。

「けんとぉぉーーー!!!」

 大粒の涙を流したしずくが空に叫ぶ。

 必ずどこかで生きていると信じているものの、そばにいないことへの悲しみをこらえることができなかった。

 

 それから、時間の凍てついた世界はシュンの死によって解放され、元の時間を取り戻した。健人によって石化された女性警察官たちも、それから数時間後に元に戻った。

 人々は日にちを確認するまでは、自分たちの時間が止められていたことに気付かなかった。神の怒りが治まったと思い、安堵の吐息を漏らしていた。

 しかしどうやって神の怒りが静められたのか。ブラッドたちの生死を含めて、人々はそれを確かめる術を持っていなかった。

 一抹の不安を抱えた者も少なくないまま、人々は日常へと戻っていった。

 

 3年前に時間凍結されていた南十字島にも、ようやく時の流れが戻った。島の人々は、自分たちだけ時の流れの中で置いてけぼりを受けたことに驚きを隠せないのがほとんどだった。

 佐奈が驚いたのはそれだけではなかった。家にいたはずのしずくとシュン、そして健人の姿がなかったからだ。

 彼女が戸惑いながら彷徨って数日後、彼女の不安は喜びに変わった。しずくがこの家に帰ってきたのだ。

 成長していたしずくの姿に少し戸惑った佐奈だが、それも些細な問題に過ぎなかった。

 しずくはピンクの髪をした少女、あおいと、猫のメロを連れてきていた。シュンの力が効果を失い、クロノ・ヘヴンの消滅から数時間が経過したところで、彼女は人間から猫へと戻っていた。

 しずくは佐奈に、いきさつの全てを話した。島の時間が止まったこと。健人、早人、あおいとの生活。シュンを救うために自らブラッドになる道を選んだことを。

 そしてシュンの死に、佐奈は涙を流してうなだれた。その姿を見て、しずくとあおいも涙をこらえることができなかった。

 

 それから1週間後、しずくは住み慣れた家を飛び出した。目的はもちろん、どこかで生きているであろう、健人を探すためである。

 あおいとメロもしずくについてきた。彼女たちも健人のことが気が気で仕方がなかったのである。

 しずくは持てる全ての力を使い、健人の行方を追った。気配を探る以外に、彼女に手がかりはなく、広い大地で途方に暮れる日々が続いた。

 それでもしずくはあきらめなかった。

(健人、どこかで生きてるはずだよね。)

 彼を信じるその想いが、彼女を突き動かしていたらからだった。

(あなたもそう思うよね、早人・・)

 しずくの脳裏に、かつて生活をともにした青年の姿が浮かび上がる。

 早人は1度決めたことは、あきらめずに最後までやり遂げる人間だった。健人を追い求めている今のしずくたちと同じように。

 健人は生きている。そう信じることをやめてしまったら、健人は2度と戻ってこないかもしれないと思う。だからあきらめない。

 しずくたちの想いは、常に健人に向けられていた。

 そして家を旅立って1週間が過ぎた頃。

 とある街にたどり着いたしずくたちは、聞き覚えのある曲にふと足を止める。

「この曲は・・」

「しずく・・?」

 しずくには聞き覚えのある曲だった。きょとんとしているあおいをよそに、しずくは公園の近くの広場に振り返る。

 そこには人だかりがあった。曲はそこから聞こえてきていた。

「すいません。ちょっと通してください。」

 取り囲む人々を押しのけ、しずくが輪の中に出る。

 そこには1人の青年がギターを奏でていた。

 白い髪に紅い眼。

 青年は、しずくがかつて聞かされた曲を周囲の人々に聴かせていた。その曲調に、しずくも思わず聴きほれていく。

 やがて曲が終わり、青年が顔を上げてしずくに視線を向けた。そして青年は笑みを浮かべた。

「この曲を聞いてやってくると思ってたよ。」

 青年の言葉に、しずくの眼に涙があふれてくる。

「私の思ってたとおりだよ・・・」

 涙ながらに必死に笑みを作ろうとするしずく。メロを連れたあおいも、ようやく輪の中に出てくる。

「生きてたんだね・・・健人・・・」

 再会の歓喜のあまり、しずくが健人に抱きついた。寄りかかってきた彼女を、健人は優しく受け止める。

「みんな、元に戻ってたよ・・・みんな無事だったよ・・・」

 世界の無事を健人に話すしずく。健人が安堵の吐息をつく。

「しずく、オレは夢に向かって歩き出しているよ。シュンが目指していた夢を・・」

「健人・・・健人・・・」

 喜びのあまり、しずくの声は言葉になっていなかった。

 周囲の人々も何とかこの事態をのみこんで、2人に拍手を送る。するとしずくが呆然と周囲を見つめ、健人が思わず照れ笑いを浮かべる。

「しずく、あおいちゃん、メロ、聞いてほしい。これがオレの新曲・・自分で考えたオリジナルの曲だ。」

 健人はギターを構えなおし、しずくをはじめとした周囲の人々を見回した。そしてギターの弦に指をかけ、曲を弾き始めた。

 それは勇気が湧き上がるようなメロディだった。しずくもあおいも、その曲から勇気を受け取っていた。

 人々も健人の奏でるこの曲に耳を傾け、中には感動を覚えて涙を浮かべる人までいた。

 そして曲がおわると、周囲から拍手と大歓声が沸きあがった。

 その中でしずくは思った。

 もう健人と別れることはない。これからはずっと一緒にいられるのだ。

「健人・・・ありがとう。」

 感謝の言葉を呟いたしずくに視線を向けて、健人は口を開いた。

「今日も聴いてくれてありがとう。この曲のタイトルは・・・“絆”・・・」

 健人は立ち上がり、感動しているしずくの肩に手を乗せた。

「オレと、オレを想ってくれる人をつなげる曲さ・・・」

 

 

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