Blood -Chrono Heaven- File.10 クロノ・ヘヴン

 

 

 シュンの放った光を浴びた健人としずく。彼女は健人をかばうように抱きしめたまま、白く変色して動きを止めていた。

 時間を操るSブラッドの力が、2人に時間凍結をかけたのだ。

 固まった2人の姿を見て、シュンは笑みを漏らした。2人のブラッドの捕獲を完璧なものとしたことに喜びを感じていた。

「後はちょっと刺激を与えてやれば、元に戻しても麻痺状態になってしばらくは動けなくなる。」

「ああ。全が健人を気絶させてくれなかったら、すぐに元に戻ってたかもしれなかったよ。彼もオレと同じSブラッドだからね。」

 全の言葉にシュンは返答する。全は白く固まった2人のブラッドを見下ろして、さらに話を続ける。

「健人は自分の力を制御できないでいる。オレがそこまでしなくても、反射的に力を使うことを拒んだはずだ。」

 全が身をかがめて、硬直したしずくの頬に手を当てた。うっすらと開いている状態の彼女の眼に瞳は映し出されてはいなかった。

「何はともあれ、椎名健人、真夏しずく、2人のブラッドがオレたちの手に落ちた。だが、2人はオレたちの計画に最後まで反抗を続けるだろう。ならば、その力を取り出させてもらうぞ。」

 全は振り返り、輝きを失わない光の球を見上げた。

 

 薄く蒼い明かりだけが照らしている部屋で、健人は眼を覚ました。彼は冷たく固いベットの上に寝かされ、金属の輪で手足を拘束されていることに気付いた。

 彼が横に視線を向けると、隣のベットにはしずくが眠っていた。彼女も彼と同じように、上着を全て脱がされ、手足を拘束されていた。

 力を発動して輪を外そうと試みるが、思うように力が発揮されない。

「ダメだよ〜ん。輪を付けられたら、その人には外せないよ〜ん。」

 そのとき、健人はかん高い声を耳にして視線を移す。部屋の中にメロが入ってきた。

「そのわっかは、ブラッドの力を吸い取っちゃうんだよ。だからSブラッドでも、縛られちゃったら抜け出せないよ〜。」

 メロが無邪気そうに健人の顔を見下ろす。健人が必死にもがくが、鉄の輪から抜け出すことはできない。

 そこに続けてシュンが部屋に入ってきた。彼はうめく健人に冷ややかな笑みを見せる。

「これからあなたたちの、ブラッドの力を奪い取らせてもらうよ。」

「何っ!?」

「あなたたちの力をうまく引き抜けば、人柱として十分だよ。時間凍結させたままだと、力まで固定されてしまうんでね、ちょっと痛いだろうけど、我慢していてね。」

 そう言うとシュンは上着のポケットから1つの水晶玉を取り出した。青く透き通るような半透明の玉である。

 シュンは健人の上にそれを掲げ、掴む右手に力を込める。すると水晶は輝きだした。

「ぐっ!ぐああぁぁぁーーーー!!!」

 その直後、健人はかつてない激痛に襲われて絶叫を上げる。彼の体から紅いオーラがあふれ出し、シュンの掲げた水晶に吸い込まれていく。

 水晶の力によって、健人の中にあるブラッドの力が吸い取られていた。その激しい衝動が、苦痛となって健人の体に響いていた。

 力を失った健人の腹部が、白く変色して石化したように固まっていく。

「ぐはぁぁーー!!・・・しずく・・・!」

 健人が隣で横たわっている少女の名を呼ぶ。シュンがふと、しずくに視線を向ける。

 そのとき、シュンの顔が一気に強張る。

「ぐっ!うぐっ・・!」

 シュンはうめいて顔を歪め、右手に取っていた水晶を落とす。水晶は強度があったため割れることはなかったが、健人からの力の吸収が遮断される。

 頭を抱え、激痛を感じるシュンが大きくふらつき、メロが彼の異変に動揺してそわそわする。

「な、何だ、この痛みは!?・・頭が・・頭が割れるように、痛い・・・!」

 激しい頭痛に悩まされたシュンが絶叫を上げる。何とか痛みに耐えようと必死になりながら、眠り続けるしずくに振り向く。

「こ、この人だ・・・どういうことか分からないけど、この人がオレを苦しめてるんだ・・・!」

 シュンは激痛に歯を食いしばりながら、転がった水晶を掴み取り、しずくの前に歩み寄った。彼女の上に水晶の握る右手を伸ばして、苛立ちながら力を入れた。

 再び輝きだした水晶は、今度はしずくの持つブラッドの力を吸い取り始めた。

「イヤァァーーーー!!!」

 眠りについていたしずくが眼を見開き、絶叫を上げる。激しい力の移動で、横たわっていた彼女の体が大きく振動し、手足が拘束されていることで背が大きく反れる。

 もがき苦しむしずくから、水晶はエネルギーを吸い上げていく。

「しずく!」

 彼女の異変に健人が叫ぶ。

 力を奪われたしずくの腹部が、徐々に白くなっていく。しかし依然、力を奪い取られる激痛を、彼女は強く感じていた。

「あ・・はぁ・・・シュ・・・ン・・・」

 次第に小さくなっていくしずくの声。苛立ちを押さえるために彼女の力を先に奪おうとしたシュンだが、逆に苛立ちと頭への苦痛を増長させるばかりだった。

「な、何とか、この人の声を止めないと・・・!」

 シュンに焦りまで浮かんできた。しずくの息の根を止めないと、自分がどうにかなってしまうと彼は思い込んできた。しかし、逆にそれが彼を苦しめていることを考えようとさえしなかった。

 力を奪い取られた彼女の上半身裸の体の石化は進行し、手足と頭部を除いて白く固まっていた。そのため感覚が鈍り、彼女は苦痛を感じなくなっていた。

「し、しずく・・・」

 健人がしずくを助けようと必死だったが、力さえも拘束する手足の輪によって、起き上がることができない。

「これで・・これで!」

 眼を大きく開いたシュンが、水晶にさらなる力を加える。しずくは心身ともに限界に近づいていた。

 そのとき、一条の光線がシュンの握る右手を叩いた。その拍子でシュンが水晶を落とし、右手を押さえる。

 シュンが振り返ると、部屋の入り口に麻衣が右手を伸ばしていた。彼女がブラッドの力で、シュンの持つ水晶を撃ち落としたのだった。

「麻衣・・・!?」

「ね、姉さん・・・?」

 シュンと健人が麻衣に視線を移して困惑する。麻衣は悲しい視線で部屋の中を見回していた。

「どうして・・・麻衣、どうして邪魔するの!?」

 シュンが麻衣に向けて悲痛の叫びを上げる。すると麻衣は視線をそらして、

「私もね、弟を傷つけたくないって、思うようになったのよ。」

「えっ!?」

「健人、弟を想う姉の気持ち、分からないあなたじゃないでしょ?私と同じ“姉”である人と会ってるのだから。」

 麻衣は困惑しているシュンとメロをすり抜けて、部屋の奥のレバーを押し上げた。すると健人としずくの手足を拘束していた輪が外れた。

「健人、行きなさい!しずくさんを連れて、ここを出なさい!」

「姉さん!」

 指示を送る麻衣に、健人が起き上がり様、声を荒げる。

「“弟”を救うのは、“姉”の強い想いだということを覚えておきなさい!」

 麻衣が視線を鋭くしてシュンたちに向ける。

 弟のために姉が立ち上がり体を張る。それは昔と少しも変わらないことのはずなのに、今になって痛烈に感じている。

 自分の健人に対する想いが間違っていたとは思わない。だが、その術を誤ってしまった。

 その償いのためにも、健人たちを守って体を張りたい。麻衣の心は、そんな純粋な気持ちで満ちていた。

 健人は不安定になっている自分のSブラッドの力を使い、石化した自分の体の時間を戻し、元に戻した。そして意識がもうろうとなっているしずくに駆け寄り、同じように彼女の体を元に戻した。

 力を奪われることから解放されたからか、石化による拘束が解かれたからか、しずくが安堵の吐息を漏らす。

「姉さん・・・ありがとう。」

 健人は麻衣に感謝の意を示し、しずくを抱えて部屋を出ようとする。それに気付いたメロが慌てた様子で立ちふさがる。

「そうはいかないよ〜!」

 メロが猫の手つきに似た構えを取り、健人も臨戦態勢に入る。するとそこに一条の光がメロに向かって飛び込んできた。

「ふにゃっ!」

 不意を突かれたメロが光を受けて壁に叩きつけられる。健人が驚いた様子で視線を麻衣に移す。

 そして小さく頷いた後、健人はしずくとともに部屋を飛び出した。

 

 麻衣に救われた健人としずくは、再びリビングを訪れて、ソファーに彼女を横たわらせた。彼が困惑した面持ちで出入り口に振り返ると、しずくが意識を取り戻し、ゆっくりと眼を開ける。

「ここ、は・・・」

 呟くように漏らしたしずくの声に健人が振り返る。

「しずく、気がついたようだね。」

 安堵の声を口にする健人。しずくが周囲を見回し、思考を巡らせる。

「ここはあのリビング・・・健人、いったいどうなってるの?」

 疑問符を浮かべるしずくに、健人は戸惑いを込めた態度で答えた。

 シュンの時間凍結によって彼らは捕らわれ、全の計画のために力を奪われようとしていたことを。そして麻衣が身をていして助けに現れたことを。

「それで、シュンは・・!?」

 しずくが切迫して健人に問い詰める。

「おそらく、姉さんと戦っているはずだ。オレたちは加勢できる状況じゃなかった。いったん退くしかなかったんだ。」

 健人は歯がゆい思いに打ちひしがれていた。できることなら留まって麻衣を、シュンを助けたかった。しかし、満身創痍の彼らには、それはあまりにも酷だった。

「健人、すぐに戻ろう!このままじゃ、シュンが・・!」

「・・・体は、もう大丈夫なのか・・?」

 戻ることを願い出たしずくに、健人はためらいを秘めた様子で聞き返す。しずくは真剣な眼差しで頷いた。

「ならすぐに行こう。早くしないと、取り返しのつかないことになる。」

 健人は悟った。麻衣が自分のために体を張り、命がけで戦おうとしていることを。

 彼女はブラッドの罪の償いよりも、弟を守ることを優先させた。昔から変わらない彼女の想いが、全の計画をかなぐり捨てたのだった。

 健人としずくはリビングを飛び出した。姉を、弟を救出するために。

 

「麻衣・・どうして・・・このままじゃ、世界は神の怒りを受けて、滅びてしまうんだよ・・・!」

 シュンは苛立たしげに麻衣に問いかけた。麻衣は悲しい眼で彼を見つめていた。メロは戸惑った様子で、シュンと麻衣を見比べている。

「私にも、これが間違った選択かもしれないと感じてるわ。でもそれ以上に、私はあの子を、健人を助けてあげたい!」

 麻衣は視線を鋭くして、シュンに右手を伸ばした。

「“弟”を守りたい“姉”の気持ち、あなたも分からないはずはないわ!だから、健人たちを信じてあげて!」

 麻衣が右手から力を込め、閃光を発射した。シュンも危機感を感じて、これに応戦する。

 2つの光が衝突して、激しい火花を散らす。メロがそれに驚いて、部屋の出入り口まで避難する。

 麻衣の力が次第にシュンに押され始める。Sブラッドであるシュンの力に、麻衣が敵うはずもなかった。

「信じても、神の力は止められない!止めるには、1人の天使と6人のブラッドの力しかない!だから・・!」

「でも、他の手段の可能性がないわけじゃないわ!」

 悲痛の叫びを上げるシュンと麻衣。しかし、優劣の差が広まる2つの力に、麻衣が顔を歪める。

 そしてついに閃光にのまれ、麻衣が部屋から廊下の壁まで吹き飛ばされた。シュンの力に打ち負かされ、麻衣が苦痛にうなだれる。彼女の額から紅い血が垂れ落ちる。

 力を抑え、シュンがゆっくりと麻衣の前に歩み寄った。

「計画は進める。でないと世界は滅んでしまうから。いくらオレが時間を止めても、神の怒りをそう何度もしのげるわけじゃない。全の計画以外に、神に抗うことはできないから。」

 シュンは手に握り締めた水晶を麻衣に掲げた。反逆した彼女の力を奪おうとしているのだ。

 死を覚悟した麻衣は、健人に意識を集中させた。

 

(健人・・・)

 突然聞こえた麻衣の声に、健人はふと足を止めた。

「姉さん・・・!?」

「どうしたの、健人・・・?」

 動揺する健人に、しずくが振り返り訊ねる。

(健人、あなたは全を止めなさい。計画の首謀者である全を止めてほしいの。)

「姉さん、何を・・!?」

 見上げる天井に声を荒げる健人。麻衣の声はさらに続く。

(そしてしずくさん、あなたはシュンの心を呼び起こしてほしいの。)

「えっ・・?」

 しずくにも麻衣の声が聞こえていた。困惑した面持ちで麻衣の声に耳を傾ける。

(私にあの子は止められなかった。あの子のかたくなな心と止められた時間をとかせるのは、もうあなたしかいないわ。)

「でも私、Sブラッドじゃないし、とてもシュンには・・!」

(確かに力は敵わないでしょう。でも、あなたにはあの子を想う強い願いがある。信じ続けていれば、必ず報われるはずよ。)

 麻衣の声の中に笑顔を感じたことに、しずくも健人も不思議に感じていた。

(お願い、シュンを、みんなを助けて・・・)

「姉さん・・・!?」

 麻衣の声が途切れる。

「姉さん!」

 健人の叫びが廊下に響き渡る。

 これが麻衣の命の終末だということを悟り、彼は悲痛に打ち震えた。

 弟を想い、弟を助け、弟のために体を張った姉は、その命を閉じた。

「健人・・・」

 悲しみに暮れて震えている健人の肩に優しく手をかけるしずく。すると健人は顔を上げて彼女に訊ねる。

「しずく、君はシュンのところに行ってくれ。オレは全のところにいく。」

「で、でも・・・」

「おそらくあおいちゃんもそこにいるはずだ。君がシュンを助けるんだ。これはオレの願いでもあり、姉さんの願いでもあるんだ。」

 健人は姉である麻衣の想いを察していた。

 彼女の死をムダにしたくない。そしてシュンを救えるのは、姉であるしずくだけだということも感じていた。

「頼む。シュンとあおいちゃんを助けて、もう1度あの場所に帰ろう。」

「・・・うん・・・」

 しずくが頷くと健人は笑みを見せた。互いの言葉が互いを励ます結果をもたらしたのだ。

「健人、絶対に返ってきてね。もう、離れ離れにあるのはイヤだから・・・」

 しずくが悲痛の面持ちで呟くと、健人が彼女を抱きしめた。

「ああ。オレもひとりぼっちは辛い。これ以上、大切な人を失うのも辛いから。」

 

 シュンのもとに向かったしずくと別れた健人は、クロノ・ヘヴンの上層部を目指して駆けていた。

 おそらく計画の遂行に向けて着々と行動を起こしている全は、一時冷凍保存をしていたあおいを解凍し、神の怒りをしのぐ手段としているはずだった。

 長い階段を駆け上がり、健人は外に通じる扉を押し開けた。

 そこには壮大な空と大きな広場があった。広場の中心に、意識を失っているあおいを抱えた全が立ちはだかっていた。

「ついに来たか、椎名健人。」

「不動全・・・」

 不敵に笑う全に、健人が鋭い視線を向ける。

「状況は把握している。お前たちからエネルギーを奪おうとしたシュンを麻衣が妨害。だが彼女はシュンに返り討ちにあい、しずくはシュンのもとに向かい、お前はあおいを助けるためにここに来た。」

 全の状況説明に健人は小さく頷いた。全は上空を指差し、話を続ける。時間帯は昼間に当たるはずにも関わらず、空は暗く陰っていた。

「嵐の前の静けさとはこのことかもしれないな。薄暗くなった空に、まばゆいばかりの光が瞬き、神の怒りを込めたいかずちが降りかかる。時間を止められていない状態でこれを受ければ、世界は確実に崩壊する。」

 平然と語る全に、健人は不快感を覚えていた。

「だが、オレたちの力と、この天使の力を合わせれば、オレたちに矛先が向けられた神の怒りは食い止められる。オレたちが、この世界を救うことになるのだ。」

「オレたちの命を犠牲にして、な。」

 健人が憤慨を込めた口調で答える。

「幼い子供の命まで犠牲にして得る平和に、何の価値が、どんな意味があるというんだ!」

「オレたちと世界を救うにはこの方法しかない。だが、それでもお前はオレを拒み続けるだろう。」

 全は抱えていたあおいを床に下ろし、右手に力を込めた。ブラッドの力が発動し、紅い剣が出現する。

「もはや手段を選んでいる場合ではない。力を貸すつもりがないなら、今ここで、オレがお前の息の根を止め、その力を利用させてもらう。」

 剣の切っ先を健人に向ける全。しかし健人は下がる気配を見せない。

「オレも、負けられない理由がある。オレたちの前に立ちはだかるなら、オレはお前を倒し、帰るべき場所に帰る!」

 健人も右手に紅い剣を出現させる。2つの刃が交差し、2人のブラッドにその矛先を向ける。

「お前に帰る場所はない。このクロノ・ヘヴンで、オレたちとともに神の沈静のために命を終えるのだ。」

「オレは帰る。お前を倒し、あおいちゃんを助けて。そしてしずくも、必ずシュンを呼び起こしてくれる。オレはそう信じてる。」

「信じる、か・・」

「そして、しずくもオレを信じてくれているはず。だからオレは戦い、時間の戻ったあの場所に帰るんだ。」

「信じても、その願いは叶わない。オレたちに生の未来はない。」

「ある。」

 交差された2つの剣が突発的に動き、激しく衝突する。

 剣を隔てて、全と健人が鋭く見据える。

「お前はSブラッドで、オレの力を超えている。だが今のお前の力は不安定の領域内だ。オレでもお前を倒すことは可能だ。」

 全が力を込めて健人を押し付ける。その拍子で健人が後退する。

 健人は今も、自分の中にある力に不安を感じていた。力が暴発し、かえって自分たちを苦しめることになるかもしれないと思っていた。しずくの助力を受けていても、その問題が解消されたとはいえなかった。

「それでも、オレはお前を倒す!」

 健人は再び身構え、悠然としている全に向き直った。

 

 

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